二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第08話






「おかえりー。……修平君、どうしたの?」
「いや、なんでもないよ」

 病室に帰ってきた修平はビニール袋から飲み物を黙々と詰めていく。

「それが、なんでもないって態度? それとも私に話せない事?」

 咎めるような声。
 冷蔵庫のフタを閉めて、美月の方へ向き直る。
 ベッドの隣に立った修平は一瞬言いよどんだが、思い切って口にした。

「美月。お前、俺を恨んでいないか?」

 言われた事が一瞬理解できなかったのか、美月はきょとんとして次に笑い出す。

「なに、それー。なんで私が修平君を恨むのよ」
「俺がもっと早く、加太に気付いていたら、危ないって言えていたら、美月はこんな事には――」

 修平の口元に人差し指が触れた。
 ベッドから体を起こした美月の指だ。

「危ないっ」

 足がない分、バランスが取り辛いのだ。ただ、体を起こしているだけではなく、若干ベッドから身を乗り出している。下手をすると落ちかねない。
 慌てて修平は美月をベッドに寝かしつける。
 そんな様子をおかしそうに美月はクスッと笑う。

「たらればを言っても仕方ないわよ。これが今の私」

 被っていた毛布をはだけさせ、下半身を見えるようにする。
 ズボンの腿から先が潰れている。

「それに」

 それはまるで愛おしそうに。
 美月は腿と失われた部分の境界を軽くさする。

「今はこれが修平君を繋ぎとめる絆だから」

 この時、初めて美月を見て寒気が走った。
 美月の目、その奥にある暗い影。
 今までなんで気付かなかった?
 毎週この病室に通っていたというのに。
 俺は美月の何を見ていたんだ?

「どうしたの、修平君?」

 顔を上げた美月はいつもの目に戻っていた。

「なんでもないよ。ほら、風邪ひくだろ」
「過保護すぎー」

 修平は乱れた毛布を優しくかけなおした。
 ただ、その手が微かに震えているのを気付かれないように必死になりながら。





 病室から出てすぐ達郎と出くわした。
 達郎は修平の表情を見て

「ようやく気付いた?」
「………………」
「平日は死んだみたいな状態だけど、時々呟くんだ、修平君ってな。
 お前とお姉ちゃんが外出からの遅刻常習犯でも外出禁止にならないのも、みんながお前をお姉ちゃんを元気にする薬みたいに考えてるからだ。
 お前が本当の本気でお姉ちゃんを幸せにすると誓えるならいいさ。
 だけど同情とか償いとかで来ているなら止めろよ。でないと、お前かお姉ちゃん、どちらかが限界にきた時、たぶんお姉ちゃんが壊れるぞ」

 一言も言い返せなかった。
 達郎は修平の脇を通り過ぎ、美月の病室に入っていった。
 修平は振り返らず、帰るためにエレベーターに向かって歩いていった。






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