二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第二章 Release−第07話






 修平は美月の病室を出て待合室に向かった。
 喋り過ぎて喉が渇いたのだが、病室備え付けの冷蔵庫には残り少ないミネラルウォーターの大型ペットボトルが一本入っているだけだった。
 どうやら美月の両親達が補充を忘れていたらしい。
 飾る花や、暇潰し用に買ってくる本などは日に々々増えてるというのに。美月に言わせると『やっぱりお花畑は変わってないわね』らしい。
 何か入れ物はないか、そう美月に聞くと取っ手付きのビニール袋を渡されたのでそれに適当に詰めるつもりで自動販売機を探す。
 記憶が確かなら待合室にあったはずだ。

「あった」

 歩きながら財布を取り出そうとズボンのポケットに手を回し、同時に向けた視線の端に誰かの足が映った
 視線を上げるとそこには達郎がいた。

「聞いたぞ。プロポーズの件。お前単に俺をやっかんでるだけだろ」

 修平が牽制すると達郎の顔が真っ赤になる。

「ち、違うっ。あれはお姉ちゃんを元気づける為にだなぁ――」
「はいはい。分かったから、もう別れろとか止めてくれよな」

 達郎の脇を通り過ぎようとすると、彼は修平の前に立ちはだかる。

「なんだよ、また同情がどうのって話か? 同情じゃいけないのか? 同情で彼氏になっちゃいけないってのか」

 立ちはだかる達郎は首を激しく左右に振る。

「お前分かってないよ。全然分かってないよ」
「……あいにくエスパーじゃなくてな。説明してくれよ。じゃなきゃ分からない」
「俺の事はお姉ちゃんに聞いたか?」
「ああ、お前がこの病院の院長先生の息子で、その腕は病気で切らなきゃなら――」
「切らなくても済んでいたとしたら?」
「え?」

 達郎は空っぽのガウンの左袖を見る。

「正確には超一流の医師なら、多少の後遺症が残るだろうけど切らなくて済んだんだって」
「だったら、なんでお前の腕がないんだ?
 この病院にその超一流の医師がいなくたって他の病院にいけば」
「それだけの医師を探す時間もなかったんだ。何時間、いや何分単位で病気が異常な速度で進行していって、放っておくと命もなかったって。
 でも、この病院の外科医は誰も手術をやりたがらなかった。
 当然だよな、手術の腕次第で切らなくても済むんだ、切ってしまえば自分の能力を宣伝するようなもんだし、何より俺の一生が左右される。
 ある意味、生死のかかった手術より性質が悪いよな。自分の行った結果が残り続けるんだから」
「……で、お前は恨んでいるのか? その医者を」
「恨む訳ないだろ。自分の父親を」
「え?」
「誰もメスを取ろうとしなかったから親父がやったんだ。
 超一流だったら切らずに済んだ? そんなもしもな話に何の意味がある。
 やらなきゃ死んでたんだ。感謝してるし、尊敬もしてる。
 ……でもな」

 達郎は視線をそらした。

「事あるごとに親父は俺に謝るんだよ。自分にもっと力があれば、あるいは切らずに済むような外科医を雇っていればって。
 謝っていない時だって同じさ、親父は自分を責めている。親子だもんな、分かるんだよ」

 そして、また修平を見る。

「お前の目はそんな親父と同じだ。
 自分が悪いと責めて、お姉ちゃんは自分の為にあんな事になったんだと同情して。
 お前は週末しかここにこないから知らないだろうけど、平日のお姉ちゃんはまるで死んでるみたいな表情してるんだ。お前がいる時だけ明るいだけなんだ。
 お前24時間、365日、ずっとそばにいてやれるか? 違うだろ? お前の前でしか生きていないなんてなんの意味があるんだよ。
 お姉ちゃんに必要なのは杖なんかじゃない、共に生きていくのに肩を貸せる奴だ!」






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