二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第三章 Road−第06話






「な、何言ってるんだよ。俺だよ。修平だよ」
「えーと。以前のお客さん? じゃないよね。私、全部覚えてるもん」

 思わず、亜矢の両肩を掴んだ。

「亜矢っ、俺だよ。しゅーちゃんだよっ」

 亜矢は目を丸くした。

「何言ってるの? しゅーちゃんなんて現実にいる訳ないでしょ」
「……は?」

 そして、修平の背後いた祐介を見つけて手を振った。

「あー、祐介さんだー」
「よう」

 亜矢の前まできた祐介は、彼女の肩を掴んだままの修平の手を外し、その身体を健二に放った。

「あの人、祐介さんのお友達? しゅーちゃんの事知ってたけど」
「まぁ、そんなもんだ。それよりお前、もう売約ずみか?」
「違うよー。祐介さん買ってくれるのー」
「ほらよ」

 祐介が懐からキーホルダー付きの鍵を渡す。

「え? これ、祐介さんの家の鍵」
「俺のマンションの場所は知ってるな? 先行ってろ。ちょっと野暮用があるがすぐ行くから」
「え、家行っていいの? いつも嫌がってホテルだったじゃない」
「まぁ、たまにはな。あ、いっとくが酒飲むのはいいが、封開けてるのだけにしとけよ」
「はぁーい、じゃ待ってるねー」
「あ、待てもう一つ。分かってるだろうがウィッチはなしだぞ」
「ぶー、分かってるよ。祐介さんはいつもそうでしょ」

 そして、彼女は健二に支えられた修平を脇見もせずに通り過ぎて、タクシーを止めて乗り込み、ネオンの海に消えていった。

「亜矢……、なんで」
「記憶喪失なんか?」

 健二も呆然としていた。

「俺があいつを買い始めた頃はまだまともだったんだけどな……」

 修平は祐介の物言いにひっかかるものを感じた。

「まさか、ウィッチの影響ですか?」
「まぁ、そうとも言えるな。
 ”しゅーちゃん”が大好き。でも”しゅーちゃん”は目の前にはいない。
 で、ウィッチが幸せな夢を提供したって訳だ。”しゅーちゃん”は想像の中での王子様で現実にはいないんだって、な」
「なんですかそれって……」
「眠たい事言ってんじゃねぇよ。これがテメェが亜矢を放置した結果だ」

 そして、タクシーを止める。

「健二、帰り方はわかるな? 俺は帰るからな」
「……そして、亜矢と寝るんですか?」

 抑揚の無い声で修平が問うた。

「当たり前だろ。俺が今晩買ったんだからな。
 どうした? あいつは俺にも、俺以外にも抱かれてる身なのは承知の上だったろ。
 それとも現実を間の当たりにして興味が失せたか?」
「一つだけ聞かせてください」
「あ?」
「さっき、亜矢にウィッチを使うなと言いましたね」
「ふん、しらけるからな。抱くのは生のままの女に限る」
「亜矢に……本気なんですか?」
「……好きに想像しな」

 祐介はタクシーに乗り込み去っていった。

「……帰ろうや、案内するわ」

 修平は健二の身体を突き放した。

「修平?」
「悪いけど、一人にして欲しい。今夜だけは一人にしてくれ」
「分かった。道迷ったら、遠慮のう電話せぇや」

 そう言う健二の脇を抜けてふら々々とネオンの海の中を修平は歩き進んでいった。






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