二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第三章 Road−第08話






 焔。そう名乗った女性はガラス張りのシャワールームで身体を洗っている。
 ベッドに腰掛けながら、自分は何をしているのだろう? 修平はそう自問する。
 亜矢を連れ戻しに来たはずが、見知らぬ女とホテルに入っている。
 あまりの馬鹿々々しさに笑いすらこみ上げてきそうだ。

「修平君、だったわよね? あなたもシャワー浴びてね。私、清潔好きだから」
「分かった」
「あ、その前に」
「?」

 焔は自分のポーチからタブレットケースを取り出した。
 背中越しだったので良く見えなかったが、赤い錠剤が見えた気がした。
 そして、いきなりクルっと焔が振り返り唇を合わせる。
 違和感。
 唇だけではなく固い異物の感触。
 それは彼女の舌で唇をこじ開けられ、口内に侵入する。
 思わず彼女を突き飛ばし、口の中で溶けかかったそれを吐き出す。
 それは血のよう赤かった。

「ちょ、何するのよ。せっかく元気になるクスリを」
「これはなんだよ」
「何ってハイヒートよ。最近、出回り始めてるコピー品じゃないわ、純正のウィッチよ」
「ウィッチ?! これがそうか……」
「何よもう。人が好意であげようとしたのに。結構高いんだから。特別にもう一錠だけサービスしてあげるか――」
「ふざけるなっ!!」

 修平の怒鳴り声が部屋中に響き渡った。
 周囲の部屋にも聞こえるだろうが知ったことか。

「こんなもんの為に、俺は消されてしまったんだぞっ!」
「け、消された?」

 修平の怒鳴り声に腰を抜かした焔が恐る々々問いかける。

「そうだっ、亜矢の現実からは消されて。空想の世界の住人にされて。
 こんなもののためにっ、こんなもののために!!!」

 修平は焔からタブレットケースを取り上げて床にたたきつけた。
 勢いでフタが空き、中の赤い錠剤が床を飛び散る。

「亜矢? 空想?」

 焔は呟き、そして呟いた。

「修平……あんたが、”しゅーちゃん”?」

 修平は焔に向き直る。先ほどまでの無気力さはない。
 ただ、鬼気迫る雰囲気がぴりぴりと焔の肌を刺す。

「そうか、あんたコンパニオンって奴だもんな。亜矢を知ってても不思議じゃないか」

 じりっと焔に近づく。
 焔はとっさにポーチの中に手を突っ込んだ。

「お前みたいなのがいなければ、亜矢はあんなにならずに済んだかもしれないのにっ!!」

 修平の両手が焔の首に伸びる。
 殺したいとか思ったわけではない。
 ただ、出口をもとめて修平のなかでのた打ち回っていたものが焔という対象を見つけ一気に噴出したのだ。
 ふいにドアが開け放たれた。
 黒いスーツの男達が部屋へ入ってくる。
 焔がポーチの中に入れていた非常事態を知らせる無線スイッチをONにしたからだ。
 しかし、修平は一顧だにしない。
 まるで、男達の存在が目にはいっていないかのように。
 男達が焔から修平を引き離す。
 そして、後頭部に強い衝撃を受けて、そこから先の記憶が途切れた。






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