二人を結ぶ赤い有刺鉄線 第三章 Road−第14話






 夜の街で修平と健二は待っていた。
 すると二人の前にベンツが止まる。
 運転しているのは祐介だった。

「行くぞ、乗れ」
「この人は?」

 助手席に見慣れぬ男が座っている。

「俺の部下だ。何しろ、今から行くのは敵地だからな」

 そして、あごで二人をせかす。
 二人は後部座席に乗り込んだ。

「覚悟は出来てんだろうな」

 発進前に祐介は振り向いて修平を見た。
 だが、修平は表情を変えず。

「何の覚悟がいるんですか? 女の子一人迎えにいくのに」
「クールだな。初めて会った頃の青臭さが嘘のようだ」

 そして、祐介は前を向いてアクセルを踏んだ。





 ベンツが止まった場所は、以前双眼鏡で亜矢を見つけたあの廃倉庫群だった。
 以前と同じように廃倉庫の一つが窓や隙間から灯りをもらしている。
 修平が問う。

「もしかして今日はドラッグパーティーなんですか?」

 祐介は頷く。

「ああ。それも内輪じゃなく、客向けのな。いくぞ」

 部下をベンツに残し、三人は廃倉庫の中へと入っていった。





 鼻につくのは饐えた木の匂い。錆びの匂い。
 そして、人間の体液の匂い。
 多数の男女がお互いの身体をぶつけ合う事に夢中になって、後から入って来た3人に気付かない。
 いや、気付いた者も自分の快楽を貪る事に夢中だ。
 三人が倉庫の中央まで来ると、奥からフォーマルな高級スーツに身を包んだ男が姿を現す。

「よりにもよって、こんなところを待ち合わせ場所にしやがって」
「忙しい中、無理を聞いてやったんだ、感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないよ、田神さん」

 祐介が舌打ちする。と、その祐介に声がかかる。

「あー、祐介さんだー。やっほー」

 男に跨りながら亜矢は手を振っている。
 祐介は視線を外した。

「あんたが亜矢の常連なのは知ってるが、もしかしてその件か?」

 東石は薄ら笑いを浮かべて、祐介の顔を下から覗き込む。
 待ちに待った瞬間が来たとでもいうように。
 だが、祐介は首を振った。

「あいにくだが俺は仕事をしただけだ」
「……仕事だと?」
「そうだ。お前と交渉できる場を”調達”する事。お前に用があるのはこっちだ」

 祐介は背後にいた修平を親指で指差す。
 同時に修平は祐介の隣に並ぶ。

「あ、あんたっ!」

 倉庫の奥で女性が叫んだ。
 髪を紫に染めた女性が修平の方を指差している。

「なんだ、焔。知り合いなのか」
「いえ、この間私を襲ったのが――」
「ああ、そんな話もあったな」

 東石は改めて修平の顔を覗き込む。

「お前がウチのコンパニオンをキズモノにしようとした馬鹿か」

 まるで射殺すような目で修平を見るが、修平はまるで意に介さない。
 東石は自分の威嚇がまるで通じなくてつまらなそうに顔を離す。

「俺のお願いは一つだけです。亜矢をこんな世界から解放して下さい」

 その言葉を東石は笑い飛ばす。

「かっこいいねぇ、その台詞。だけどちょっと軽くないかい、ボク?」

 再び修平の顔を覗き込む。今度は威嚇ではなく、何を企んでいるのか探ろうという思いからだったが、東石には何も感じ取れなかった。
 ならば、

「おい、亜矢っ。ちょっと来いっ!」
「はーい」

 それまで重なっていた男から身体を離すと、股間から零れた体液が床を打った。
 東石は彼女を抱き寄せると

「まず、彼女は彼女自身の意思でここにいる。
 そして、彼女は一晩で君が想像出来ないような額を稼ぐ事が出来る。
 ……それを口先だけで下さい?」

 瞬間、東石の表情が真っ赤に染まり一変する。
 祐介はこの街にヤクザはいないといったが、東石の今の表情はまさにヤクザが脅すときのそれであった。

「なめてんじゃねーぞガキ。
 そこの田神なら十分な落とし前を付けられるだろうが、お前なんかに――」

 だが、修平は東石の言葉を最後まで言わせなかった。

「つまり、落とし前さえつければ、亜矢を返してもらえると言う事ですよね」
「は?」
「あなたがヤクザではない事は祐介さんから聞いています。
 でも、ヤクザと無関係でもないんでしょう? ヤクザのシノギを引き継いでいる訳ですから。
 だったら」

 こんな落とし前はどうですか?

 修平は腰を落とした。
 そして、健二から受け取った加太のナイフを取り出す。
 悲鳴が上がった。そこかしこで。
 真っ赤だった東石の顔が素に戻っていた。

「……正気か、お前」






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