ダークプリーストLV1 第三章−第06話






 翌日は不思議なほど何事もなかった。
 他の司祭から決闘の事を聞かれる事もなく、一般信者の練習生からも何か言われる事もなく、教会の外での務め中も誰一人として尋ねる者もなく。
 そして一日が過ぎていった。





 そして、さらに翌日。
 マドカは昼の務めを終え、いつもよりも早く教会に帰っていた。
 今日は夕刻の鍛錬は無しという事になっている。

「おかえりー、マドカ。もう準備出来てるよ」
「ごめんね、リーリス。わがまま言って」
「気にしないの」

 マドカはリーリスに棍を預けた。彼女は小走りに去っていった。
 礼拝堂に入り、アルミス像に祈りを捧げる。

「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え」

 教会の裏口を抜けて外へ。
 そして、レンガ造りの建物。
 そこはかつて選別の儀式を行った場所への入り口。
 正面のドアを開けると、あの時と同じように編み籠に薄いローブ。
 マドカは司祭服を脱いでローブを身に纏う。
 さらに扉をくぐると水の通路だ。
 かつてそうしたようにまっすぐにそこを進んでいく。
 そして、視界を阻む滝のように落ちてくる水の壁。
 その向こう側にリーリスが棍を持って待っているはず。
 その為にリーリスにも務めを早く終えて帰って来てもらったのだ。
 今一度、初心に返る為に。
 深呼吸を一つして水の壁を割って通り抜けた。
 足が止まった。
 左側に男性司祭、右側に女性司祭。
 水の通路の行き着く先にはエスターク。その傍らには棍を持つアネット。
 何もかもがあの時と同じだった。
 驚きの感情が通り過ぎると再び歩き出した。

「やってくれたわね」

 呟きが聞こえたのか、すぐ横にいた女性司祭が舌をだしていた。リーリスであった。
 そのまま進みつづけ、司教の前にたどり着いた。
 何も言わずともアネットが棍を差し出す。

「司祭長……」
「もう、何も言わないわ。あなたの信ずる道を行きなさい。私もそれを信じます」
「ありがとうございます」

 棍を受け取り頭を下げた。
 そして、かつて助祭の証であるペンダントを与えられた時のように棍を水平に持ち、両膝をついた。

「ここに誓います。アルミス様ではなく皆に。私は生と死をかけた決闘を行うのではなく、自らの闇に囚われた人を、アルミス様の安息の闇に導くために戦い挑む事を」

 そして見上げると、エスタークは満足そうに笑顔で頷いていた。





 ワルドが教会の門を抜けると声がかかった。

「面倒を起してくれたな」
「親方……」
「……お前さんの方が遥かに年上なんだが、なんでみんな親方って呼ぶんだろうなぁ」

 親方こと鍛冶屋のヴァンパイヤであった。

「その槍はお前さんの生き残った証だからな。
 親父の代からの客だし手入れもしてきたが、少なくともこんな事に使わせる為にやった訳じゃないぞ」
「悪いとは思ってる。だが、今日ここにくれば分かる気がしてな」
「何がだ」
「ワシが生き残った理由。ワシだけが生き残っちまった理由。目が言ってたよ」
「目? 誰の目だ?」
「あの司祭さ。教えてやるって目をしてた。
 でなきゃわざわざ酒抜いて出直すなんて殊勝な真似なんてせずに、あの場で暴れてたさ」

 そう、いつも酒の匂いを漂わせていたワルドはそこにいなかった。
 そこにいるのは槍を携え行き場を見失っていた一人の戦士だ。

「まんざら、俺の目も腐ってないらしいな」
「親方?」
「あの嬢ちゃんはいつかエスファを変える。そんな気がして、ガラにもなく棍とやらの相談にのったんだが。あるいは今日がその日だったのかもな」

 ついて来い。そう言って親方はワルドを中庭へ誘った。
 ワルドは目を見張った。
 中庭の端にはずらりと街の住人達が並んでいた。
 そこには棒術の練習生だけではなく、無関係なはずの街の住人達も多数いた。
 それが、申し合わせたように一言も喋らずにただ刻を待っている。

「俺も見極めさせてもらう、何が起こるのかをな」

 親方はワルドの肩を叩いて、観客の中に混じっていった。
 ワルドは街の住人に見守られながら、中庭中央に歩いていく。
 酔っていたならば、まるで見世物だなと自嘲していたところだが、街の住人達の視線はもっと真摯なものだった。
 ワシはひょっとして、大変なものと戦おうとしているのか?
 ワルドは握る槍の柄に力を込める。
 望むところだ。そうでなければ挑んだ意味がない。
 そして、エスタークを先頭に司祭達がやってきた。
 司祭達の集団が二つに割れる。それはまるで道のように。
 その道を彼女は急ぐでなく歩いてくる。
 そうして二人は中庭の中央で対峙した。






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