ダークプリーストLV1 第三章−第08話






 同門同士で大技は決まらない。
 棒術に限った話ではなく、武術全般ではそれが一般的な考えだ。
 どれほど威力のある技であっても、モーションが大きいので、簡単に読まれてしまう為だ。
 故に父である師範からも大技は他流派用の技として教えられて来た。
 しかし、マドカは思った。
 師範、どうやら同門だけでなく達人にも通用しないようです、と。
 あえて、背中をさらしてもワルドは乗ってこなかった。
 ばかりか、意表を突くはずの円の大技の一つは紙一重でかわされた。
 着地と同時に地面を叩く手前で止めた棍を、今度は前進しながら下から上へと打ち上げる。
 しかし、先の一撃が決まらなくても意表を突けたなら有効だったそれは、あっさりと横へかわされる。
 マドカはそのまま走りぬけ、弧を円へと帰す。
 強い。分かっていた事だがいまさらながらに実感する。
 先の足元への連突きも、とてもさばけるものではなかった。
 元の世界ではいなかった、強敵。それが今、目の前にいた。
 高揚する気持ちを棍に込め、円から線を次々と放つ。
 あなたはどうですか? ワルドさん。





 小癪な。
 ワルドは突きを右へ左へとかわしていく。
 無闇に受けやさばきはしない。
 恐らく、うかつな対処は技の変化を呼ぶだけだ。
 棒術という未知の武術相手にそれは危険だ。
 ワルドにはすでに槍が棍に対して優位などとは微塵も思っていない。そんな考えは武器破壊が失敗した時点で捨てている。
 しかしどうしてくれようか?
 小娘は棍を通じて問いかけている。
 本当に、本当に数えるほどだ。技を通じての対話など。
 それも50年もの長い月日が、そういったものがあるという事すら忘れさせていた。
 戦争は悲惨だった。恐怖と悲しみ、そして死がいつもまとわりついていた。
 だが、同時に熱さもあった。勝利の喜び、心許せる仲間、友人。そして、己が技を追求する心。
 そして、戦争が終った時、見失った。生きている意味を。
 青春時代の全てを戦争と共に生きたワルドにとって平穏になんら価値を見出せなかった。
 このまま過去の思い出と共に朽ちていくのか。
 酒に溺れても、槍とその技だけは磨き続けた。未練は承知の上で。
 だがどうだ。今ここにいる。ワシの全てを受け止めようとしている者がいる。
 それに応えられなくて何が戦士だ。
 ワルドは天に向かって吼えた。





 咆哮の後、ワルドの身体がまるで一回り大きくなったように感じた。
 いや、実際に肉体的な変化はあるだろう。
 ワーウルフのタレントは身体能力の一時的な増強。

「まさか、卑怯などと言うまいな」
「いえ、それでこそです」

 マドカの背筋に震えが走った。
 目の前にいる一人の戦士が私に応えてくれた。
 アルミスに仕える者にとってそれがどれ程の喜びか。
 自然と棍の回転が速くなっていく。
 ワルドが動いた。
 もはや突くという言葉すら生ぬるい。閃光の如き貫くものが幾条も襲い掛かってくる。
 身体を回転させてかわしていくが、司祭服をいくつかが掠めた。
 次が来る前に今度はマドカが仕掛ける。円の支点を上下に揺らす。
 元々、円は弧の威力増加と、線の見抜き難さ、それに防御と複数の意味を兼ねる。
 しかし、支点を高速で上下させることにより、それは線のために特化される。

「せやっ!!」

 気合とともに線を放つ。
 それはワルドの肩を掠めた。
 棍から伝わるのは驚きの気配。
 彼にはまるで棍が曲がるが如く見えただろう。
 いくら身体能力が向上しても、棍の軌道を錯覚していれば意味はない。
 マドカは次々と線を放つ、がどれもが有効打にはならなかった。
 内心で歯噛みするが、これはワルドを賞賛するしかない。
 目の錯覚を恐らくカンで補っている。
 マドカは円の支点の上下を止めた。
 通じなかったからではない。
 元々手首に大きく負担をかけるので長時間維持できないのだ。
 さて、どうする?
 マドカは仕掛けるタイミングをうかがっているワルドを見ながら自問する。
 大技は通じない。かといって視覚聴覚の錯覚にうったえるような技も通用しないだろう。基礎的な技と応用で戦っていくしかないが、現時点で肉体的な能力値は全面的にワルドがマドカを上回っている。攻と防。どちらにころんでも分が悪い。
 タレントがどれだけ持続するかまでは知らないが、それが切れるのを待つほど相手は愚かではない。
 覚悟を決めるしかない。
 練習生の大幅増加のせいで自身の棒術の鍛錬が出来ない。そこからふと思いついた二つの可能性。
 実戦に使うのは勿論初めてだが、今使わなくていつ使う。
 マドカは大きく息を吐いた。肌に触れたそれはとても熱かった。






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