ダークプリーストLV1 第三章−第09話






 ほう、何か仕掛ける気か。
 そろそろワルド側から仕掛ける気だったが、マドカの変化に様子を見る事にした。
 ワルドにしても現時点で自分が優勢である事を自惚れではなく自覚していた。
 だが、このヒューマンの小娘には期待をさせる何かがある。
 彼はもうこれが決闘であるという事すら忘れていた。
 見せてもらおうか。小娘。
 そして、マドカが仕掛けて来た。
 棍の回転からのうち下ろし。だが、距離が少し遠い。
 狙いは足か。
 ワルドは一歩下がる。
 さぁ、どう変化するつもりだ?
 予想に反して棍の軌道は変化せず地面へと振り下ろされた。
 そして、予想外の事が起きた。
 地面が爆発したのだ。

「なっ」

 土のつぶてから身を庇い、土煙の中マドカの気配を探る。すぐ横に迫っていた。
 打ち上げの一撃、咄嗟に槍の柄で防ぐ。
 瞬間、棍から衝撃を受け槍が自分に向けて跳ね上がる。

「ぐっ」

 槍の穂が頬を掠める。
 血が滴り落ちる。
 何が起こった? 何をした?
 地面の爆発、そして槍を弾いたもの。恐らくは同じもの。
 しかし、分からない。あれはただの木の棒のはず。これではまるで魔術。
 そして、いまさらながらにマドカが何者かに思い至った。

「ほ、法術かっ」

 そう、相手は棒術を使う司祭。
 身体能力の増強がワーウルフのタレントなら、法術は人間のタレント。

「正解です」

 答えるマドカの息が荒い。当然だ。肉体運動と同時の法術の使用。相当な負荷がかかるだろう。
 だが、ありえるのか?
 法術に必要な捧げる言葉もなく、棍を通じて法術を発動させるなど。
 歴史上には確かに数える程だが存在する。無言での法術、そして法術の遠隔発動。だだし、片方だけなら。それを同時に成し得た者など聞いた事がない。
 なんという娘だ。
 ワルドは驚愕するしかなかった。





 やはり、負担が厳しい。
 マドカの心臓が早鐘を打っている。
 喋れないエスタークが法術を使える事をヒントに、法術を棒術に連携できないかと考えた。そして、棍はマドカの半身。
 もしかしたらそれはヴィジョンだったのかも知れない。棍そのものからの法術の発動という発想。
 練習生の指導をしながら、静かに自身もその理想形を実現すべく鍛錬していた。
 結果としてそれは成った。
 が、万全ではなかった。
 通常の法術使用とは比べ物にならない負担が身体にかかった。
 先程つかったのはフォースブラスト。打撃の法術という、司祭が護身に使う法術の初歩にあたるものだが、それですらこれだ。
 たぶん、出来て後一回。

「次で最後です。結果はどうなるか。アルミス様の加護次第ですが」

 マドカは棍の回転を止め、棍の一端を地面につけた。





 アルミス様の加護……か。
 ワルドは鼻で笑った。
 加護がない訳なかろう。このアルミスの奇跡とも言うべき娘が。
 だが、おめおめと引き下がる訳にもいくまい。
 ワルドは半ば敗北を予感していた。
 状況的に考えれば、むしろ有利であるはずだが戦士としての直感がそう告げていた。
 だが、元々勝ち負けで始めた訳じゃない。そして、勝ち負けで終わりに出来るものではない。
 教えてもらおう。ワシの問いを。そして答えをっ!!

「いくぞ、小娘っ!!」

 ワルドがマドカに突きを放つ。それを彼女は棍を軸にするようにして回転してかわす。
 かわされたその槍の穂が、横なぎへと変化する。
 棍で攻撃しようとすれば、槍の穂に切り裂かれる。棍でさばく、あるいは後退するという選択肢もあるが、それは状況を先延ばしにするだけだ。
 さぁ、どうする小娘?
 そう思った瞬間に突然爆発が起きた。先程よりも規模が大きい。しかも――。

「なっ?!」

 爆発が起きたのはマドカの真後ろであった。
 そして、次の瞬間にはワルドの懐に彼女がいた。
 槍は伸ばしたままだった。
 マドカの棍が弧を2度描き、正確に槍を持つ指を打った。
 ワルドの意思を無視して槍が地面に落ちる。
 そして、マドカの背中を見て、ようやく何が起こったのか把握した。
 彼女の司祭服の背中がボロボロになっている。破れ、土くれに汚れ、そして自身の血でも汚れていた。
 使った法術は恐らくフォースエクスプロージョン。本人には影響はないが、周囲の敵をなぎ倒す爆発の法術。本来の規模より遥かに小さいのは無言かつ棍からの発動によるものだろう。
 だが、地面につけた棍先から法術を発動する事によって、この娘は自分自身を法術の影響下においたのだ。
 結果、爆発の勢いに押し出され瞬時に槍の攻撃圏を脱しつつ、その加速を棍の勢いに乗せた。

「まだ、やりますか?」

 ボロボロになりながら、もう同じ事は出来ないであろうに、それでもこの娘は問いかける。
 指先はしびれたままだが、槍を拾うだけなら可能だ。
 力がはいらなかろうと、この娘はそれ以上に何も出来ないはずだ。
 槍を拾ってしまえば勝ち。
 しかし。

「いや、これまでだ」

 元々勝ち負けの勝負ではなかった。
 故に終わりを告げたワルドの負けだった。






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