ダークプリーストLV1 第三章−第10話






「悪いが預かっておいてくれないか」

 教会表でまっていた親方に、ワルドは槍を手渡した。

「何のつもりだ?」
「たった今終わったんだよ。ワシの戦争がよ。
 なんでワシだけ生き残っちまったのかって思ってたが、何の事はねぇ。今日の日の為に生かされた、そんな所だろうな」

 ワルドに悲観した様子はない。むしろ、すっきりとおだやかな顔をしていた。

「これから、これを俺に預けてお前はどうするつもりだ」
「決まってる。終わったんだ。この歳だが、また一から出直すさ」
「そうか」
「まぁ、今日は疲れた。酒をたっぷり飲んで寝るさ。
 50年ぶりに良い夢が見れそうな気がするよ」

 そう言ってワルドは去って言った。

「めでたしめでたし、って訳でもないんだろうな」

 いつの間にか、ゴーストとスケルトンが親方の後ろにいた。

「そりゃ、失ったものが返ってきた訳じゃないからな。それでも本人が満足そうならいいじゃねぇか」
「まぁ、ごもっともやな」

 スケルトンが頷く。

「お前らは何もないのか? お前らも大戦の生き残りなんだろ?」
「そう言われてもな」
「ワイら死んでるんやもんなぁ」
「昼間っからうろちょろ出来るアンデットなんているものかよ。
 この街の連中は人がいいからお前らの適当な言い訳に納得してるんだろうがな」

 言われてゴーストとスケルトンは顔を見合わせた。

「まぁ、強いていうたら」
「親方がさっきいった通りだな。失ったものは返ってこない」

 親方は嘆息した。

「そうだな。その通りなんだよな。鍛冶屋の俺が言うのもなんだけどよ」





「痛い痛い痛い、リーリスッ、本気で痛いってば」
「それぐらい罰と思いなさいよっ。また無茶な真似して」

 リーリスは涙目でマドカに抱きついている。
 今や中庭はマドカを中心に分厚い人の輪が出来ていた。
 マドカは仕立屋夫妻を探し、頭を下げた。

「すいません。せっかく頂いた服をこんなにしてしまって」

 夫妻は首を横に振った。

「マドカ司祭。あなたの為ならいくらでも作りますわ」
「そうです。あなたは街の誇りです。さっそく新しいものを作る事にします」
「そ、そんな……。街の誇りだなんて」
「いえ、あなたはそんな傷だらけになって、命がけでたった一人を救おうとした。
 ワシらの娘の時もそうでした。
 そんなあなただからこそ、こうして街のみんなが集まっているのです」

 リーリスが頬を膨らませる。

「ちょっと、止めてよジップさん。そんな事言ったら、またこの子が無茶するじゃないのさ」
「リーリス、いや、ワシはそんなつもりじゃ」

 うろたえる夫だが、

「言った言わないで左右されるような方じゃないでしょ」

 妻がやんわりフォローを入れる。そして、娘が待っているので早くかえりましょうと。
 なんでも、さすがに今日はここに連れてこれなかったのでミガの店で預かってもらっているらしい。
 そして、街の住人達は一人二人帰っていった。
 勿論、マドカに一言二言語りかけてから。
 どれもエスファで知り合った人々ばかりだ。
 いつの間にこんなに多くの人々と知り合っていたのだろう。
 思わずマドカの胸が熱くなる。
 そして、残ったのは司祭達だけだった。

「おつかれさま。マドカ」

 そう言ったのはアネットだ。

「色々と言いたい事はありますが。それはリーリスが代弁してくれるでしょうから置いておきましょうか。
 見事でした。先程、仕立屋さんが仰っていた言葉、街の誇り。同感です。そして教会の誇りでもあります」
「司祭長……」
「さすがに棒術の鍛錬は、あなた無しでは成り立たないので、仕方ありませんが。
 しばらくは祝福の務めはお休みなさい。ゆっくり傷を癒して、それからまた街を回ってみんなを安心させて差し上げなさい」
「ありがとうございます、司祭長」

 そして、司教を見るといつもの笑顔で頷いた。

「司教様、そして、皆さん。ご心配をおかけして申し訳ありませんでしたっ!」

 頭を下げたマドカの周囲に皆が集まっていく。
 そんな彼女の頬を涙が伝っていた。





 練習生達の掛け声が中庭に響く。それに混じって大工道具の音が聞こえる。

「本当に作るつもりなんですか? 司祭長」

 それは先日の戦いを繰り広げた本人とは思えないほど情けない声だった。

「司教様の承認済み。まぁ、あれは街の人達の好意だし、受け取らないわけには」

 明後日の方向を向いて視線を合わせないアネット。
 今、教会の敷地内に平屋の建物が急ピッチで建てられている。
 何の建物なのか、そこにかけられるはずの看板は、仮で中庭の入り口に立て掛けられている。

『エスファアルミス教会流棒術』

「司教様によれば、道場破りが来たのに看板がないのは手落ちだろうと」
「……後先逆じゃないですか?」
「言って通じると思う?」
「思いません」
「まぁ、いまのままでは雨が降ったら鍛錬できない問題があったし、渡りに船だと思う事にしましょう。
 心の平安の為にも」
「……そうしましょうか」

 がっくりとうなだれるマドカ。
 そんな彼女に声がかかる。

「ちょっと師範来てくれ。型がいまいちしっくりこないんだが」
「ワルドさんっ。その師範ってやめて下さいって言ってるじゃないですか。
 私はあくまで助祭です。司祭って呼ぶならまだしも」
「いいじゃないか、そんな細かい事。だいいち武門の道場の先生といったら師範って相場は決まってるじゃないか」
「ここは道場じゃなくて教会です。はい、見てますから。ちょっとやってみて下さい」

 ワルドはあの決闘の数日後、棍と稽古着をもって教会に来た。
 曰く、一から人生やり直すから手始めに棒術を習いに来たと。

「ああ、円が早すぎるんです。もっとゆるめて」
「早ければ早いほどいいんじゃないのか?」
「弧や線にスムーズに移れなかったら早くしても意味がないです。一つの型や技に特化してもダメなんです」
「なるほどな」

 元々長柄の武器を得物とし、身体も出来上がっているワルドは覚えるのも早かった。
 いずれ、練習生初期組みを追い抜くだろうとマドカは見ている。

「さすが師範、教えるのがうまい」
「助祭なんですってば」

 その前になし崩しに師範にされるのとどっちが早いだろうか。
 鳴り止まない大工道具の音に、そんな事を考えていた。



第三章  完






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