ダークプリーストLV1 第五章−第08話






「よいせ、こらせ」

 デイトンが兵士達をロープで縛り上げていく。アポミアの司祭には念の為に猿ぐつわをかませておく。法術対策だ。
 ちなみにロープは兵士達の荷物にあった。

「どうだ、グラム」

 ワルドの声にグラムが空中から降りてくる。
 彼は他の兵士が隠れていないか上空から見ていたのだが。

「大丈夫だ。他にはいない。少なくとも外にはな」

 手はずでは、馬車の幌の中にエースが先に入ったはずなのだが。
 先程から、馬車から声一つしない。
 マドカは万が一の為に、棍の先で幌の出入り口を仕切っている布を引っ掛ける。
 そして、ワルドに目で合図する。
 万が一、中にも兵士がいて人質に取られている可能性もある。
 ワルドが頷くと、マドカは棍先で引っ掛けた布を一気にめくり上げる。

「エースッ! だいじょ――」

 マドカは言葉を失った。
 ワルドは手で顔を覆った。
 エースは無事だった。中に兵士がいた訳でもなかった。
 そしてさらわれたダークエルフ達もいた。
 声を立てられず、両手を下ろせない状態で。
 声を出せないのは猿ぐつわをかまされている為だ。
 そして、両手を下ろせないのは針金によって腕を宙に固定されている為だ。だが、縛られているのではない。針金は彼らの両手を貫通していたのだ。7、8人を貫通した針金は、両端が馬車の両側に絡められている。これでは揺れる馬車は拷問であったろう。彼らの手は傷口がひろがって血でそまっていた。
 マドカは吐き気を催したが、今はそれどころではない。

「エースっ!!」

 彼は跳ねるように身体を震わせた。

「何をしてるのっ。みんなの猿ぐつわを外していって。私はこの針金を」
「お嬢ちゃん。ちょっとどいてな」

 デイトンが馬車に乗り込んできた。

「デイトンさん?」
「全員、急に手を下ろしたらあかんで。後、なるべく揺らさんようにはするけど、痛かったら堪忍な」

 次々と鳴る鈴の音のような針金を断ち切る音。
 マドカとエースが慎重に針金を抜いていく。幸い、デイトンの見事な腕前により針金の切断面が綺麗だったので、これ以上余計に傷つける事なくすんなりと抜けた。

「エース様っ!」
「助けに来て下さったのですねっ」
「ありがとうございますっ」
「エース、ありがとうっ」

 あまりの光景にエースの感情は麻痺していたが、急に涙が雨粒のように落ちていった。

「エ、エース様?」
「エース。あ、いえ。族長?」

 エースは立っていられず膝を崩して両手をついた。

「ありがとう、ありがとう。みんな」
「え?」
「生きていてくれて。本当にありがとう」

 まだ両手が痛むだろうに、ダークエルフ達がエースにしがみついた。
 マドカも泣きそうになったが、それをこらえてワルドに確認する。

「ここで傷を治したらまずいですよね」
「ああ。たぶん法術の痕跡は馬車につくから大丈夫だと思いたいが。できれば移動してからの方がいい」
「分かりました。エース、あなた馬でここまで来たのよね」

 仲間に抱きつかれたまま、エースは返事をする。

「あ、うん。そうだけど」
「私は馬を扱えないし、今のままじゃここの人達は手綱を引けない。かといって、馬を一頭おいて後からとりにくるのは危険だし」
「それなら俺がやってやるよ」
「え?」

 エースとマドカの声が重なった。
 グラムだった。

「馬ぐらい扱える」
「あ、ああ。じゃぁ、お願いします。エースは自分の馬に戻って、エスファの付近で一度合流しましょう。ワルドさん、デイトンさんもそれでお願いします。
 私はこのまま馬車にいます。どの道、ここで傷を癒さなければいけないので」
「おう」
「じゃぁ、また後でな。嬢ちゃん」

 エース、ワルド、デイトンと次々と馬車から降りてゆき、ほどなく馬車が動き出した。
 数名のダークエルフが苦痛に呻いた。
 振動が傷口に響くのだろう。

「すいません。痛いでしょうが、ここで法術を使うと後で感知される可能性があるので、もう少し我慢して下さい」

 その声に一人の女性が顔を上げた。

「あなたはアルミスの司祭ですか? 私の知る司祭服とは違うようですが」

 街ではいまや知らぬものはいない程、マドカの司祭服は知られていたが、普段街へ来ないダークエルフ達が知らぬのも当然だった。

「マドカと申します。まだ助祭の身ですが。この司祭服はある仕立屋の方が私の故郷の服に似せて作ったものです」
「あなたがマドカ様。エース様からよく聞いています。責任感が強く、優秀な司祭様と」
「エースがそんな事を?」
「はい。どうしたら、あなた様のようになれるかと。そう言ってました」
「私はそんなに優秀ではありませんよ。後先考えない、どちらかと言えば愚か者です。
 ですが、愚か者であるからこそ、ここにこれた。あなた方を助ける事が出来た。エースが私の事をそのように言っていた事を知る事が出来ました」

 そして、マドカは心の中で付け足した。
 アルミス様。心から感謝いたします。






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