「いやーな予感はしてたんだよねー」
リューイはロープに縛られた部下達を見て嘆息した。
「ほら、起きろ」
一人の背中を蹴り飛ばす。
「げほっ、げはっ。あ、リューイ様」
「リューイ様じゃねぇって。胸騒ぎに引き返してきたら…。
何だよ。このザマは。何にやられた? まさか盗賊なんて言うなよ? 寿命が縮むぞ?」
本当にやりかねないほど彼の目は危険な光を帯びている。
「や、闇の側の住人です」
「確かなんだな」
「はい、スケルトンとゴースト。そして夜だったのではっきりと形状は見えませんでしたが長柄の武器をワーウルフと……」
部下が口ごもる。リューイは眉を潜める。
「ワーウルフと何だ?」
「それが恐らくワーウルフと同じ武器を使用していたと思われるヒューマンの女だったのですが」
「歯切れが悪いな。はっきり言え」
「そ、それが見た事のない服だったので。一見アルミスの司祭服のようでしたが、袖口や足の裾口が異様に広い――」
リューイの脳裏に浮かんだのは沢で会ったマドカだった。
「なーるほーどねー」
リューイは腰の剣を抜いた。
「リュ、リューイ様。何をっ」
まるで毛布を無理矢理引きちぎるような音がした。
兵士は涙目で荒い息をつきながら、自分が自由の身になっている事を確認していた。
「おーげさすぎ。ほら、さっさとほかの奴のロープ解いて来い」
「は、はいー」
アルミスの司祭服、みたいな服ね……。
さて、どうしてくれようか。
まだ夜が明けるには早い時間。
エスファの手前で全員合流した。
ダークエルフ達の傷を治す為ある。
「人数多いけど……大丈夫?」
エースは心配そうに言うが、マドカは笑顔で返した。
「大丈夫よ」
そして、ダークエルフ達に向き直った。
「では、傷を治しますので、順番に手を出して下さい」
差し出された手を包み込むように左手をかざし、右手を差し出された手の下に。
そして、アルミスへ捧げる言葉を口にする。
「慈悲深きアルミス。彼の者の苦悩を我に、彼の者の痛みを我に、そして彼の者の傷を我に」
その言葉にぎょっとワルド達が目を剥く。
「待て、マドカッ! それはっ!」
「え?」
エースにはワルド達が何を慌てているのか分からない。
程なくして、マドカに差し出された手の傷は消えていった。
「さすが、お姉ちゃん」
「さすがじゃねぇっ!」
ワルドがマドカの手を取る。しかし、そこには予想していたはずのものがなかった。
「さすがに棍が持てないと困るので、別の場所にしました」
こともなげに言った。
そして、次のダークエルフの治療に移る。
アルミスへ捧げる言葉はまったく同じだった。
「やめろっ、マドカッ」
「お嬢ちゃん、それちゃうやろっ。普通の治癒法術でいけるはずやろ?」
「え?」
エースは首を傾げた。
普通の治癒法術でいける。
つまりは、マドカが今おこなっているのは普通ではない?
そして、マドカはワルド達の言葉に耳を貸さず続けた。
「大丈夫です。リーリスからコツを教わりましたから」
「し、司祭様。それは……」
人数をこなす内に目に見える変化が現れだした。
手首を血が伝っていた。
いや、黒い司祭服なので目立たなかったが、服のあちこちが濡れていた。恐らく彼女自身の血で。
マドカが行っているのはチェンジインジャリー。負傷転移の法術。
かつてリーリスが行ったように負傷を圧縮、減退させ、さらに場所すらも変えている。
だが、それでもなお、ダークエルフの全員の傷となると相当なものになるだろう。
ワルドが叫ぶ。
「なぜ、治癒法術を使わねぇ! 別にこの程度の傷なら大した体力消耗もねぇだろう!」
「マドカお姉ちゃんっ!!」
エースにもマドカが何をしているか理解出来た。
いや、馬車にいる全員が、この司祭のしている事を理解出来てしまった。
「身に刻むの。この人達に起きた事を忘れない為に」
「だからといって」
「人は痛みを忘れた時に人を傷つけるの。私も武器を持つ身。たから痛みが必要なの。
この人達を傷つけた、正義という名の暴力にならない為に!」
結局、マドカは全てのダークエルフの傷を治しきった。全身を血に染めながら。
日が明けた時、マドカの意識が薄くなっていった。
周りでマドカを呼ぶ声が聞こえたが遠い。恐らく出血しすぎたせいだろう。
またリーリスに怒られるかな。
そう思ったのを最後にマドカは意識を失った。
第五章 完