ダークプリーストLV1 第六章−第04話






 時刻は夜明け前。
 礼拝堂にはエスターク、アネットを始めとした全司祭が集まっていた。
 それはエスターク達の意思ではなかった。
 集合の鐘を鳴らした者がいたのだ。
 その者はエスタークの前に進み出た。
 マドカだった。

「まずは、集合の鐘を鳴らすという越権行為をお許しください」

 そして、マドカは両手を首の後ろに回した。
 それは、固い粘土を引きちぎる音に似ていた。
 続いて澄んだ高い音を床が鳴らす。
 正体は千切れた鎖の破片だ。
 周囲の司祭達がざわめいた。
 固い表情のエスタークに鎖の千切れたペンダント。助祭の証を差し出した。

「私を破門にして下さい。そうすれば少なくとも教会は無関係を主張出来ますよね」

 たまらずリーリスが飛び出した。

「そんなもん、あいつらが耳を貸すはずないじゃないっ!」

 マドカは返答しなかった。ただ、この寝汚いルームメイトに、小うるさい親友に。

「!!」

 彼女はただ微笑みだけを返した。
 エスタークの手に証を押し付けて踵を返した。
 目指すは礼拝堂の出入り口。

「……死ににいくつもりですか?」

 アネットの言葉にマドカは足を止めた。

「いえ」

 彼女は振り向かなかった。もう教会の人間ではなくなったのだから。

「自分の想いを、信仰を貫く為です。
 さらわれたダークエルフを助ければ、こうなる可能性は十分分かっていました。
 だから、私は謝りません。私は私の感情、私の信仰に従っただけです。
 ですが、この事態を引き起こしたのも私です。
 私の信仰がこれを引き起こしたのなら、私は行かなければなりません。
 でなければ、全てが嘘になってしまう」

 そして、再び歩き出した。





 まだ夜は明けていない。
 なのにどうしてだろう。道に人があふれているのは。
 みんなの顔を知っている。
 お世話になった。祝福の儀式をした。
 迷惑をかけたりかけられたり。
 アルミスの教え、己が感情に従え。それが全ての始まりだった。
 それに感化され助祭となり、そして、今この道を歩んでいる。
 目の前に小さな障害物が立ちふさがった。
 ミガの息子達だった。
 歩を止めず、優しく傷つけないように彼らをどけていく。
 誰もマドカに声をかけない。
 彼女の纏う空気が悟らせるのか。
 彼女の決意は止められない。それはもう誰の目にも明らかだった。





 少しづつ空が赤みを帯びていく。
 田園の端に光の軍が見える。
 逃げて来た農夫や、使者にされたゴブリンによると他の農夫は殺されたようだ。
 小屋は焼かれ、実った穂は踏みにじられ。
 マドカは歩を止めた。

「死ぬつもりですか?」

 アネットのように問いかける。

「言われてもなぁ」
「ワイら死んどるしなぁ」

 とぼける二人。
 残った一人は鼻を鳴らす。

「戦場なんて死にたがりがいくもんだぜ」

 断っても無駄だろう。

「それに相手が要求してるのはワシらもだろう?」

 その通りだ。
 マドカは再び歩を前へと進めた。

「物好きですね」
「お互い様だ」
「だな」
「やな」

 3人はマドカの横に並んだ。





 夜明け前だ。

「どうやら要求を突っぱねる気らしいな」

 あるいは襲ったのがエスファの住人ではなかったか。
 リューイは口角を上げる。
 どっちにしても、そんなものは口実だった。要求を飲もうが飲むまいが、あるいは無関係であったとしてもだ。
 元々エスファの存在が気に入らなかった。
 かつて別の光の軍が撤退に追いやられた街。
 その存在自体が不快だった。
 だが、口実は必要だ。無駄に兵を消耗したとあってはリューイの立場が悪くなる。
 彼としてはむしろ、奴隷商人に向かった部下を襲った闇の側の住人に感謝したいぐらいだった。
 さぁ、夜が明ける。
 進軍の号令をだそうとして、彼は止まった。
 夜明けの光と共にこちらに向かってくる一行がいる。
 冗談だろう?
 リューイは笑いたくなった。
 内部分裂でも起してくれればもうけもの、そう思って送った文書。それに素直に従ったエスファの住人達の愚かさに笑い出しそうになった。
 そして、はっきりとお互いの姿が見えた時、リューイは見知った顔がいる事に気付いた。
「ようレクノアの司祭さん。ひさしぶり」
「あいにく、アルミス様に改宗いたしまして。もっとも破門の身ですが」

 彼女は平然と言い切った。






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved