ダークプリーストLV1 第六章−第06話
リューイは思わず口笛を吹いた。
土煙が晴れた時、ハイエルフは一人残らず地に伏していた。その中央にはアルミスの司祭。
騎兵の一隊もワーウルフに倒されていた。
スケルトンは50人は下らない歩兵を相手に小競り合いを続けており、ゴーストは部隊の全魔術師の攻撃を防いでいる。
「だらしねぇぞ。お前らっ! もうちょっと気合いれろ!」
そして、リューイが動いた、後続の兵も後に続く。
元々、街一つ落とす為の軍だ。
マドカ達が倒した兵などほんの一握りなのだ。
迫り来る馬群はまるで津波か地震を思わせた。
圧倒的な力、それでもマドカは棍を握り続けた。
己の感情に従え。アルミスの教えのままに。
馬上から次々と切りかかる剣を円の足さばきで交わし、そして兵士の鐙を突き上げる。
「うわっ」
鐙は馬上で身体のバランスを保つ為のもの。それを正確に突き上げれてはたまらない。
さらに追い討ちの弧が兵士の頬をうち、落馬する。
地面で円を描いていた足が宙を舞い、まるで吸い込まれるように馬の胴を蹴りあがり、マドカは鞍の上にたつ。
それを見ていた兵士達の動きが一瞬止まる。
それは魔術でも法術でもない。ただの体術。ただの武術。だが、それ故に奇跡に見えた。
マドカはその止まった一瞬を見逃さなかった。
そこから更に跳んだ。
狙うはリューイ。どれほどの軍勢であっても隊の頭を落とせば混乱を呼べるとふんで。
回転しながら、例え上体をそらしても逃れられぬよう、棍端近くを握る。
しかし、リューイの行動は完全にマドカの予想外だった。
あっさりと馬を下りたのだ。
結局相手がいなくなった以上、そのまま着地するしかない。
足に痛みが走る。当然だ。あんな高さから跳んだのだから。
「どうやら、その武器は動きの制限される馬上では不利のようだからな。いや、武器ではなく使い手か?」
喜色を浮かべながらリューイは双剣を抜いた。
全身が粟立つ。分かっていた事だが、強い。ただ対峙するだけで分かってしまう。
だからこそ理解できない、彼の思想が。
マドカは弧から円に移ろうとした。
しかし、背後から剣が切りかかってくる。
とっさに剣の腹を弧で叩き軌道を変える。
そして、気付いた時にはリューイの間合いだった。
一瞬の隙を見逃さないのは相手も同じだった。
かわせないっ、そらせないっ!
思考と同時にリューイに線を放つ。
円からでも弧からでもない線はただの突きに等しい。
だが、リューイの双剣よりも先に線が届く。あるいはリューイが攻撃から回避に転ずる。
はずであった。
「?!」
背中を強く打ち、一瞬呼吸が止まる。棍を握っていた手が麻痺しそうな衝撃。
いったい、今なにがっ? なぜ私は地面に倒れているのっ?!
「ああ、言い忘れてた」
リューイは悪びれるでもなく言う。
「こいつは盾の双剣て言って、それぞれ見えざる盾の魔術がかかってるのさ。それだけでも大したもんだが、こいつにはもう一つの特性があってね。見えざる盾を重ねると防ぐだけじゃなく数倍の力で反射しちまうのよ」
魔術?
立ち上がりながら目の前が暗くなるように感じた。
司祭の資格を持つ聖堂騎士。その上に魔術の武器?
「マドカッ」
呼び声と同時にヌルッとしたものが顔にかかった。
「ワルドさんっ?!」
顔にかかったのはワルドの血だった。
背後から切りかかった兵士からマドカを庇ったのだ。
「気にするなっ、そいつに集中しろっ!」
ワルドの線が兵士の顔面を打ち抜く。
「そいつ以外はワシが引き受ける。お前がそいつを倒せ」
「わ、私は」
「お前はなんだ? お前は何者だ? ワシを倒したお前はどこへいった!
思いだせっ!」
そうだ、私は。
弧を描き円を描く。
「生まれる感情を受け入れ、与えられた感情を受け止めよ。己が感情が示すは己が進むべき道。故、己が感情に従え」
「悪いがそれって、むかつくんだよ」
リューイの双剣が別々の角度から切りかかる。
しかし、
「なっ?!」
甲高い音をたてて弾かれたのはリューイの剣だった。
「確かに見えざる盾を重ねた時の威力は脅威ですが、だったら、重ねさせなければいい」
腕がしびれる。たしかに威力が倍増される訳ではないが、軌道を変えるのではなく無理に弾けば、棍に、そしてそれを握る腕にそのまま反動が返ってくる。
マドカは静かに息を吐いた。
だが、それがどうした。私はアルミス様に仕えるものだ。破門を申し出た身だけどもう骨の髄まで教えが染み込んでいるっ!
エスファを攻めた怒り、ダークエルフ達の苦しみと悲しみ、そして、目の前の彼の正義を否定する我が心。
「己が感情に従え」
そう我が半身。全てを込めるから荒ぶれ、高まれっ!
風切り音が断続的なものから一つの繋がった音になった。
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