ダークプリーストLV1 第六章−第09話






「馬鹿な…」

 もはや魔術師達は魔術を使う事すら忘れていた。
 空に輝く青い光球。
 魔術師は世界の理を知る事により魔術を使う。
 故に分かってしまった。あれがアースの理のものでない事を。

「心配すんな。一瞬で蒸発するからよ」

 怯える魔術師達は同じ事を考えていた。
 50年前の大戦でやはり青い光球を使う存在があったと。
 だが、それは魔術師ではなく、魔術師が異界より呼び寄せた高位の霊体。

「グ、グレートスピリット?!」

 その叫びは青い光球に飲み込まれた





 それは阿鼻叫喚だった。
 真っ赤な鎧が次々と兵士達に切りかかっていった。
 それは先程まで確かにスケルトンだったはずのものだ。
 逃げようにもまるで磁石のように身体が赤い鎧の方へ引っ張られるのだ。

「可哀想やけど、自業自得やな。ワイに吸い寄せられるのは、それだけ多くの返り血を浴びたって事やからな」

 デイトンの言葉に兵士達はようやく目の前の存在の正体に思い至る。

「ブラッディ・アーマー?!」

 返り血を浴びすぎて、やがて自我をもった呪われた鎧。返り血を浴びた者を吸い寄せ、着用者の肉を貪る悪夢のような鎧。

「あー、死ぬ前に自己紹介しとこか。元闇の軍第13師団長デイトンや」

 しかし、その自己紹介をありがたがる者はいなかった。





 弓兵達は八方ふさがりだった。
 逃げる事も攻撃する事も出来ない。
 たった一人の司祭の為に。

「ワルドさんやあたしの親友をいじめた罪は重いわよ」

 リーリスの周囲には常に暴風が吹いていた。
 風に巻き上げられ彼女の赤い髪が炎のように揺れる。
 矢は彼女に届かず、それどころか何かにしがみついていないと風に巻き上げられ、いずこかへ飛ばされてしまう。

「偉大なるアルミス。我が怒りを汲み取り暴風に変えたまえ。もっともっと」

 捧げる言葉通りに暴風はさらに激しさを増していく。
 全ての弓兵が消え去るのも時間の問題だった。





「ちっ、あいつら正気か。本気で光の側を敵にまわすつもりか」
「あなた方が追い詰めた。そして、我慢の限界が来た。それだけでしょう」

 風切り音が響く。
 リューイが嘲笑う。

「懲りないな。それも折るつもりか」
「まさか。大切な友人からの借り物です」

 マドカの中で二つの仮説が思い浮かんでいた。
 もし、その通りならば――。

「決着をつけましょうか」
「いいだろう」

 リューイは盾の双剣を構える。
 彼は先程のように剣を弾かれないように見えざる盾を重ねている。
 これで正面からの攻撃は無効化し、左右からの攻撃は鎧で防ぐ。
 そのはずだった。
 しかし、マドカの棍はあっさりと盾の双剣の間をすり抜けた。

「え?」
「数倍の力で反射するとの事ですが、ゆっくりと動かせばちゃんと届くようですね」
「ふざけるな、こんな事に何の意味が――」
「ありますよ。こうするんです」

 瞬間、棍端が爆発した。

「ぎゃっ」

 リューイは思わず盾の双剣を放していた。
 マドカは棍先からフォースエクスプロージョンを発動させたのだ。
 そして、重なった見えざる盾の内側に棍端を入れた為、数倍となった衝撃はすべてリューイへと襲い掛かったのだ。

「く、くそ」

 顔を血だらけにしながら、それでも双剣を拾おうとする彼にマドカは手をかざす。

「慈悲深きアルミス。我が手に癒しの力を宿したまえ」
「え?」

 剣へ伸ばした手が落ちる。
 リューイの意思に反して身体はぴくりとも動かない。
 そして、先程のフォースエクスプロージョンで受けたはずの傷は完治していた。

「き、貴様」
「やっぱりそうだったんですね。聖堂騎士、司祭の資格を持つ者が魔術のかかった武器にたよるなんて違和感がありました。それも法術にも同様のものがある盾の魔術なんて」
「……」
「あなたは法術が使えない。リカバリーインジャリーが効いたのがなによりの証拠、法術が使えるなら治癒法術は効かないはず。
 恐らく、多くの闇の側の住人を討伐した功績で名誉司祭としての地位が与えられたんですね。
 法術を使えないあなたにとって、あなたの言う正義の行使が信仰の形だった」
「だまれ」

 その顔はそれまでの彼とは違って憎しみに歪んでいた。

「おわった?」

 リーリスが後ろから声をかけた。
 マドカはリーリスに棍を返した。

「治癒の法術で体力をうばったから、しばらく動けないはず」
「ふーん」
「とりあえず」
「なに?」
「状況説明して? 何が起きたか分からないの」
「何も聞かずにさっさと先に行くからよ」






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