夢売りのミン 第一章 夢売りと復讐者は出会う。−第03話






 イヌカイは漁師だった。
 元々四越村は農作と漁業の二つを営んでいた。
 ただ、両方を営んでいたといっても、海の近くに村がある訳ではなく、漁師たちは数日間村から離れた海沿いの小屋で過ごし、獲物を持って帰るという繰り返しだったが。
 だが、ある日。波の高い日に無理に船を出したせいで半分近い漁師が怪我を負ってしまった。
 網にかかった魚はなんとか引き上げたが、怪我人を村へ運ぶためイヌカイだけが小屋に残り、他は怪我人を村に送り届けてから戻ってくるはずであった。
 その間に、イヌカイは獲物を塩漬けにしたり、燻製にしたりと本来なら村で行う作業を行って無事な漁師が戻ってくるのを待っていた。
 しかし、何日待っても誰も戻ってはこなかった。
 不審に思って村に帰ると、村人全てが眠りについていた。そして、いつまでたっても目覚める事はなかった。飢えて死ぬまで。
 だが、たった一人だけ、意識を繋ぎ止めていた漁師仲間が、夢売りの眠り粉でこうなってしまったと告げた。その彼もそれを最後に死の眠りについた。
 イヌカイはその夢売りを追いかける為に船を使った。
 陸からでは死の川を人間が越える事が出来ないからだ。
 ただ、イヌカイの誤算は距離を測りそこね、死の川を一つ跨ぐだけのはずが二つ目の死の川が海に流れ出ている付近に船を着岸させてしまった事だ。
 意識があるうちに岸に降りて死の川から離れようとしたが、結局は死の川の眠りに囚われてしまった。





「そして、後はあんたも知っての通り。この村で目覚め、あんたに切りかかったって訳さ」

 イヌカイの話を聞いて彼女は考え込んでいるようだ。

「可能性としては二つですね。一つは夢売りに成りすました偽者。ただ、眠ったまま餓死させるような強力な睡眠薬が作れるものか疑問ですけどね」
「もう一つは?」
「はぐれの可能性があります」
「はぐれ?」
「はぐれ神人。夢売りにはいくつものルールがあります。そのルールを破ったものは神々の守護を失いはぐれとなります。はぐれであるならば、眠り粉の効力をより強化し、永遠に目覚める事ない眠りにつかせる事も可能です」

 思わず拳を握り締めた。

「見分ける方法はないのか? そのはぐれとやらの」
「あります。左目を確認すれば、少なくともまともな夢売りかどうか分かります」
「左目を?」

 彼女は自分の銀の左目を指差す。

「私達の左目は単に神人だという事を示すだけでなく、この目を通して神々の守護をいくつも受けています。
 そして、同時にこの目を通して神々は下界。つまりはこの大陸を見守っています。
 逆に言えば、この目がある限り、神々の手の内であるも同然です。故にはぐれはなんらかの対処を左目に対して行います。
 一番ありえるのが、左目を潰してしまう事です。……言っているだけで痛いですけど」
「つまり、左目が使えない神人を探す訳か。だが、それだとただ左目が使えない人間との区別はつくのか?」
「残念ながらつかないですね。ご存知かどうかわかりませんが、私達神人は歳をとりません。ですが、はぐれとなった場合、神々の加護を失い、歳を取るようになります。
 外見的には隻眼の人間と大差はないです。
 ただ、話を聞いた所、イヌカイさんの村には夢売りとして訪れたようですから、いまだ夢売りとして行動している可能性が高いですね」
「……そして、俺の村と同じ事を行っている?」
「目的がイヌカイさんの村だけという理由がない以上、そう考えるのが自然ですね」

 そこまで話したとき、玄関に複数の村人が顔を出していた。

「あの、夢売り様。もう薬は売られないのですかの?」
「あ、大丈夫です。まだありますので。では私は戻りますね」

 最後の言葉はイヌカイに向けられたものだった。
 いそいそと出て行く彼女の背を見ながらイヌカイは一つ疑問に思った。

 薬? 眠り粉の事をこの村ではそう呼んでいるのか?





 彼女が出ていってから遅れて外に出ると、もう夕刻近いというのに村人達が広場に集まっていた。
 後頭部が痛むが思考の邪魔にならないのは、気を失っている時に口移しに飲まされた薬の薬効だろう。
 その時の事を思い出して頬が熱くなったが、それを振り払うように首を横に振る。

 しかし、何を売っているのだ? あの夢売りは。

 イヌカイも夢売りを見るのは初めてではない。年に1、2度は四越村を訪れていた。
 そもそも、彼らの作る眠り粉がなければ眠れないのだ。逆に来てくれないと困るのだ。
 ただ、通常売るのは眠り粉だけなので、村人全員分売ればその日の内にいつの間にか去っていくものなのだが。
 遠めに見ていると、どうも眠り粉を売っているようには見えない。
 なぜ分かるかと言うと、村人達に手渡している容器がバラバラだからである。
 眠り粉は通常、握りこぶし半分くらいの硝子の小瓶や、それの補充用の紙の包みで売られるのが、イヌカイにとっての常識であったが、彼女は竹筒や印籠、水袋など眠り粉の入れ物には向かないものを売っている。
 家の前に来た村人は薬と言っていたが、本当に薬を売っているのだろうか?
 そんな夢売りなど聞いた事がない。






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