夢売りのミン 第一章 夢売りと復讐者は出会う。−第04話
「はい、扱っていますよー」
直接本人に薬の事を聞いたらあっさりと肯定されてしまった。
もう夜が更けて村人達は家で夕げを口にしている頃だろう。
ミンはといえば、地に腰を下ろしたまま、商っていた広場に売れ残りの薬と、売上を整理していた。
売上と言っても、死の川によって大陸が分断されてしまった為、ほとんどの地では貨幣は使えない。
代わりに保存食、布や紙、旅に必要な小物等を物々交換している。
イヌカイも故郷で魚の干物を眠り粉と交換した覚えがあるが……。
多すぎだろ、おい。
彼女が薬等をしまっていた木箱にはどう考えても入りきらない量である。
心なしか、彼女自身途方にくれているように見える。
「思ったより売れちゃいましたねー」
「夢売りは眠り粉だけを扱うものとばかり思っていたが」
「普通はそうみたいですね。でも、副業をしてはいけないというルールはないので」
ないからといって実際にやるのか? いや、実際にやっているのがここにいるが。
「そもそも、何を売っていたのだ? 眠り粉も売ったのだろう?」
「ええ、それは真っ先に。それが夢売りの役目なので。他に切り傷や擦り傷に効く軟膏に痛み止め。ここの村ではいも焼酎が作られているそうなので二日酔いの薬がよく売れました」
だからか、この酒の匂いは。恐らく、売上の中にある水袋に焼酎があるのだろう。
「あと、ここにはシビ蛇が出るとの事ですのでそれ用の中和剤、後は熱さましに――」
ミンが意味ありげにイヌカイを見上げた。
「気付け薬とか」
思わず唇を押さえてしまう。彼女がまた肩を震わす。笑い上戸なのだろうか。
しかし、薬の種類と量を考えるとそこらの薬師顔負けである。
と、何かを思い出したようにイヌカイをじっと見る。
イヌカイは思わず一歩引いてしまう。
「な、なんだ」
「忘れていましたが、頭は大丈夫ですか?」
彼女は自分の後頭部を指差している。
言われて思い出したように痛みがよみがえってくる。
「さすがにまだ痛むな」
「おっきなこぶになっていましたからねー。ちょっとまっていて下さいね」
彼女は売れ残りの薬らしきものから、掌半分の大きさの円形で厚みが薄い容器を取り出した。
底面と上面を両手で握り、捻るようにすると、まるで割れるように半分に分かれた。
底面の縁には溝がらせん状に彫ってあるところをみると、真っ直ぐにひっぱっても開かないようになっているのだろう。
彼女は立ち上がって、イヌカイの後ろにまわった。
「お、おい」
「すぐ済みますからちょっとまっていて下さい」
ミンは底面側の容器に入っていた軟膏を指ですくって、こぶにぬっていく。
「痛い、痛いぞっ」
「もう終わりました。しばらくはヒリヒリすると思いますが、時期に痛みも腫れも引いていきますよ」
彼女の言う通り、後頭部が日焼けのようにヒリヒリしていた。
さて、やはり聞いておくべきですよね。
「イヌカイさんはこれからどうするべきですか?」
「勿論、仇の夢売りを追う。幸い、手がかりを得られた事だしな」
彼は分かっているのだろうか? その手がかりがどれだけか細いクモの糸なのか。
神々の監視を欺くようなはぐれを探し出すのがどれほど困難か。
仮に見つけたからといって容易に切れる相手じゃない。神々の加護をなくしたとはいえ、腐っても神人。その身体能力は容易に人間のそれを上回る。
なにより――。
「死の川はどうするのですか?」
そう、最大の問題点。死の川を渡る事の出来るのは神人と――。
「また船で――」
「で、同じ事を繰り返すのですか? 今度は誰かが助けてくれるとは限りませんよ」
イヌカイが言葉に詰まる。彼が誤って死の川の近くに船をつけてしまった理由も想像はつく。
死の川は神々の住まいし地から大陸の外側に向かって流れているが、その効力は海に流れ出てもしばらく続く。
単純に考えれば、その効果の切れた所を大回りすればいいと思いがちだが、海へ流れ込んだ死の川が途切れた少し先に、今度は死海がある。
死海とは大陸の周囲を囲む毒の海だ。触れる事は勿論、近づくだけで木は腐食され、人間の命を削る。
イヌカイは死の川を恐れるあまり、死海に接近しすぎたのだろう。
船が腐りはじめ、あわてて岸をめざし死の川の近くに着岸してしまったのだ。
幸い、死海と死の川は相克関係にある。だからこそ、死海に毒された彼が岸から離れた場所までたどり着けたのだ。
だが、そんな偶然が二度も続くはずもない。
「だが、他に手が――」
「ありますよ」
イヌカイが目を剥く。
「死の川を渡るだけなら、方法はあります」
「ほ、本当か」
「ただし、条件が一つあります」
「仇が討てるというのなら、どんな条件でも飲む」
「残念ながら、仇が見付かるかどうかの保障は出来ませんが。船を使うよりは可能性が高いでしょう」
「ええい、もったいぶるなっ。条件とはいったいなんだっ」
「それは――」
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