夢売りのミン 第二章 夢売りは留まらない。−第01話






 さて、どうしたものでしょうか。困りました。

 内心冷や汗をかきつつ、ミンは強張った笑顔を浮かべた。
 目の前には縛り上げられたイヌカイがいる。

「見捨てて逃げたらダメですよね?」
「別にかまわないぞ。ただ復讐する相手が二人になるがな」

 目がかなり本気だった。
 そんなイヌカイの喉元には刃が突きつけられている。
 いわゆる人質という奴だ。
 村人達の要求は一つ、この村専属の夢売りになる事。

 やっぱり引き返せばよかったじゃないですかー。

 心の中で叫ぶも後の祭りである。





 事の発端は死の川を渡って少し歩いた時である。

「お、村だ。随分近いな」

 イヌカイの言葉通り、村がある。
 ミンは内心首を傾げた。
 死の川にあまりに近すぎるからである。
 イヌカイは血印者となって感覚が麻痺しているきらいがあるが、人間達にとって死の川はとても危険なもの。
 それなのにこんな近くに村があるものなのか?

 インターフェース、起動。視認地帯の安全度の照会をリクエスト。

 神人であるミンは銀の左目を通じて、神々のシステムを通じて蓄積された様々な情報を引き出す事が出来る。

 アンサー、コーシャン――注意?

「イヌカイさん。ちょっとこの村――ってあれ?」
「ミン、何立ち止まってるのだ」

 システムにコンタクトをとっている間に、イヌカイはすでに村の入り口前にいた。

「ちょっと一人で先に行かないで下さいっ。この村は」

 すでに何人かの村人がイヌカイに寄っていた。

「この村は?」
「……いえ、なんでもありません」

 安全度がセーフティでないのが気になりますが、デンジャーでもない事ですし、いまさら引き返す事もないでしょう。
 何もない事を祈ります。

 そして、その祈りはあっさり覆される事になる。





「3年も来てないのか?」
「ええ、夢売り様が来なくてまいっておりました」

 どの村人も顔色がよくないのが気になって聞いてみたのだが。

「よく眠り粉がもったな」
「全員の分を持ち寄って、交代で使うようにしていましたから。それももう尽きかけて本当にどうしようかと思っていたところでした」
「ぎりぎり間に合った訳だ……ってミン。眠り粉は?」

 いつものように広場で薬を広げているミンだが、その中に肝心の眠り粉がない。

「いまから作りに小屋に戻りますので、イヌカイさんは先に薬を売っていて下さい」

 その言葉に眉をひそめた。

「おい、眠り粉なら在庫あるだろ」
「はい、ありますが、ちょっとそれを使うのは問題があります」
「……問題?」
「前にお話したと思いますが、私の眠り粉は長持ちさせるために少し強めにしてあるのですが。
 今の皆さんの状況で使うと効きすぎるかも知れません」
「まさか、死ぬまで目覚めないとか言わないだろうな」
「そこまではいきませんが、下手をすると数日は目を覚まさないかもしれません。あまり身体に良くないです。
 とりあえず、しばらくの間は効果を薄めたものを使っていただいた方がいいです」
「俺もいこうか?」
「いえ、それだと薬を売る時間がなくなります。
 作るのはあくまで一時的に使って頂くものなので、川の水も少量ですみます」

 ミンはそう言って、薬を出し終わった木箱を再び背負った。

「出来るだけすぐ戻りますから」
「おい、薬の価値なんて俺には分からんぞ」
「そのへんは適当にお願いします」
「……いいのかそれで」
「いつも適当ですから大丈夫です」
「……分かった」

 イヌカイは諦めてため息をついた。






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