夢売りのミン 第三章 夢売りが夢を売る。−第01話






 潮の香りが漂ってくる。
 懐かしい。そんな感情が込みあがってくる。
 かつて漁師であった名残だろう。

「村がありますよー」

 ミンが錫杖を振り回し、盛大な音を立てる。
 どういう訳か、ミンと共に旅をしていると必ず村か死の川にたどり着く。
 死の川は真っ直ぐ歩けばいずれ突き当たるとしても、村はそうはいかない。
 どうやら、彼女の銀の左目には常人には見えぬものまでも見えるようだが、あるいは空高く飛ぶ鳥のように俯瞰で物事が見えるのか。神々のごとく。

「イヌカイさーん。早くいきましょう」

 子供っぽい仕草で先を行くミンが催促している。

 とても、そんな風には見えないがな。

 ため息と共にイヌカイは歩を早めた。





「夢……ですか?」

 ミンは首を傾げた。
 それは一通り商いが終わった後、村人から聞かれた事だった。

「ああ、昔。眠り粉無しでも眠れた頃は、眠っている間に夢というものを見る事が出来たらしいじゃないか」
「眠り粉だと、気付いたら朝だからな。それが悪い訳ではないが、一度体験して見たいものだ」
「そんな眠り粉を作る事は出来ないか?」

 一人が聞きだすと、それを聞きつけて村人が次々と集まってくる。

 ……困りましたね

「そもそも夢というものは眠りが浅い時に見るものであって、眠り粉では見る事は――」
「眠りの浅い眠り粉を作ればいい話ではないのか?」

 うっ、イヌカイさん。余計なツッコミを。
 おかげで何か、村人さん達の目が期待してるじゃないですか。

「それとも、作れないのか?」

 ……む、そうきましたか。

「作れます。作れますが。さっきも言った通り、夢を見るという事は眠りが浅いという事。つまり、よく眠れていないという事です。つまり、眠り粉としては失敗作という事ですね」
「……つまり、作る事は出来るが眠り粉としては失格だから作れない。そういう訳か?」
「そうです」

 さすがイヌカイさん。理解が早い。

「別にかまわないんじゃないか? あくまで悪影響が出るのは、続けて使用するのがまずいだけだろう。それを眠り粉としては失格だからというのは、少々狭量ではないか?」

 ……前言撤回。
 し、か、も。狭量ときましたか。

 ミンは唐突に立ち上がった。

「おい?」

 いぶかしげな表情のイヌカイ。

「後の片付けはお願いしますね」
「俺が全部片付けるのか?」
「はい。狭量で了見がせまく、意地が悪く意固地な私はちょっとそのへんを散歩してきます」
「まてっ、おい。そこまで言ってないだろうがっ?!」

 後ろでまだイヌカイさんが、がなっていたが私は無視です。
 どうせ、狭量ですよ、私は。





 浜辺に腰を降ろしている見慣れた姿が見えた。
 錫杖を砂に突き刺しては倒れかけまた突き刺すを繰り返している。

 何をやってんだか。

「おいっ、ミンっ」

 声をかけるとビクっと肩を震わせた。……が、こちらをみようともしない。

 ほう。そうくるか。

 イヌカイは足早に近づいてその頭をわしづかみにする。

「はえ?」

 予想外だったのか、ミンが間の抜けた声を漏らすが続けて悲鳴を上げた。
 イヌカイがそのまま力を入れたからだ。

「いたたたた、痛い、痛い、痛いですっ、やめて下さい、イヌカイさん」

 近くで網を引いていた村人が何事かと目を向けるがお構いなしだ。

「お耳が留守のようなので直接頭に聞いてみたのだが……さて、どうするか」
「ごめんなさい、聞こえてます。放してください」

 イヌカイが手を放すと、涙目のミンが恨めしそうにイヌカイを見上げる。

「もう少し、女の子をいたわろうという気持ちはないんですか?」
「人の声が通じないのような奴を、女扱いする必要を感じないな」

 そして、しばらくお互い無言が続いた。
 口火を切ったのはイヌカイだった。

「そんなに作るのが嫌なのか?」
「そうではありませんが……。夢ってそこまでして見たいものでしょうか? 私には分からないです。眠れませんから」






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