神人である夢売りは眠らない。そして眠れない。
そもそも外見こそ人間と似てはいるが、人間とは内部がまったく違う。
だから、神々は眠るという機能を省いたに違いない。
「もしかしたら、ミンには理解出来ないかもしれないな」
そんな心を読んだのかイヌカイさんが言う。
「お前は死の川を越える事が出来るからな」
……え?
それは予期せぬ言葉。
「今や人間は死の川で区切られた土地で生きていくしかない。豊作や大漁、そんなささやかだけど現実的な夢は見られても、見知らぬ何か、予想できない出来事なんてそうそう起きやしない。
だが、夢ならばあるいは……。そう思ってもいいんじゃないか?」
「……良い夢ばかりとは限りませんよ」
「ならば目が覚めれば現実のありがたさが分かるさ」
「そんなものですか」
夢……夢なんて。私には絶対手が届かないもの。
「?!」
頭にイヌカイさんの手が置かれた。
私は必死で逃げた。
あれ、本当に痛かったんです。
そんな私を見てイヌカイさんは苦笑する。
「別にお前は、いや俺達は起きていても夢を見られる。次の土地はどんなだろう。次の商いではどんなものが手に入るだろう、てな。
でもここの人間達にとっては繰り返しの毎日なんだ。
だからお前が村に来た時に思いついたんじゃないか? 夢という変化が手に入れられるかもって」
変化……変化ですか。
それは本来、夢売りの役目ではないのですが。
ミンは立ち上がり、服についた砂を払った。
「ミン?」
「今晩は村に泊まってください」
「……泊まって下さいって、俺だけか?」
「はい、私にやる事が出来たようですから」
「分かった」
イヌカイさんがまた頭の上に手をおいた。
おいただけだった。
「出来ればすぐ戻ってこいよ」
「努力します」
そして、私は来た道を戻り始めた。
結局、日が落ちるまでミンは帰ってこなかった。
イヌカイは納屋を借りて、干しいもをかじっていた。
売上に塩も生魚もあるが、ミンをたきつけておいて自分だけ食うのは気がひけたし、何よりも共に旅をしてさほど長くはない付き合いとはいえ、食事を常に共にしてきたのだ。
干しいもも、保存食であるとはいえ味気ない。
俺もついていくべきだったか?
そう思っていたところ、納屋の戸が開かれた。
「ただいま戻りました」
「おかえり」
納屋に入ってきたミンに、いも焼酎を茶碗に注いで渡す。
ミンは腰を降ろして、手にしていた包みを横に置き、茶碗の中身を一気にあおる。
「何をしてきたかは聞かないんですか?」
「別に明日でもかまわないだろ。どうする? 魚でも焼くか?」
差し出された茶碗に焼酎を注ぎなおしながら聞く。
「そうですねぇ。お酒だけじゃちょっと物足りないですね」
「よし、少しまってろ。火をおこしてくる」
納屋の中で火をつければ確実に火事になるので、焚き火はそとでするしかない。
俺はあらかじめ集めてあった薪と藁を編んだ縄、そして火打ち石を持って外に出た。
翌朝。
イヌカイが目覚めるとミンの姿がなかった。
木箱と錫杖もない。
が、納屋の外から彼女の声が聞こえる。
やってるな。
自然と笑みをこぼしながら、荷物を持って納屋を出た。
思ったとおり広場でミンが村人に紙包みを配っていた。
「一度つかったら絶対に五日以内は使用禁止ですからね。後、良い夢を見られるかどうかは保障しませんから」
「いえ、わがままを聞いてもらっただけで十分ですが。これを使い尽くしたら終わりなんですかねぇ」
「一応、包み紙に材料と私の署名を書いておきました。夢売り次第になりますが、それを見せれば作ってもらえる可能性はあります」
「えっ! それはありがたい」
「あくまでこの夢見粉は夢売りの管轄じゃないので。確実に作ってくれるかは保障できませんからね」
予防線をはりまくってはいたが、とりあえず村人の要望に応えてやったようだ。
ミンもイヌカイの姿に気付いた。
「あ、イヌカイさん。おはようございます」
「おはよう。まだ、かかるか?」
「いえ、村人全員分は配ったはずですので」
「じゃぁ、出るか」
「はいな」
眠たそうな目を細めて彼女は頷いた。
村を出てからしばらくして、ミンは紙包みをイヌカイに差し出した。
イヌカイは眉をひそめた。
「夢見粉か?」
「はい、イヌカイさんには渡してませんから」
だが、イヌカイは手を振って断る。
「いらぬよ。俺の今の夢は、故郷の仇をとる事だ。それに……」
「それに?」
イヌカイは照れくさそうに頭をかいた。
「旅の連れが見られないものを、俺が見る訳にはいかんだろう」
ミンの目が一瞬見開かれたが、すぐに目を細める。
「なんだ、その目は」
「なんでもありませんよー」
こうして二人は次の村へと旅を続けた。
第三章 完