夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第01話






「む、川魚か」
「ダメかね?」
「生だからなぁ。ミンどうする?」
「とりあえず、今晩の食べる分だけで。後は申し訳ありませんが干物や燻製でお願いします」
「じゃ、あんたは眠り粉と傷薬を魚と交換だ。どうせなら、生の野菜も欲しい所だな、保存食以外も欲しい所だ」
「おお、あるぞ。人参なんてどうだい、白菜や茄子もあるぞ」
「全部買いますっ――じゃなかった。それで眠り粉売りますっ」

 いつものように村の広場でミンとイヌカイは眠り粉と薬の販売に精をだしていた。
 共に旅を続けるうちに、イヌカイも売り方に慣れてきて、すっかり日常の一部となっている。
 一通り、眠り粉と薬を売り終わって、売上の整理を始める二人。

「今夜はちょっと豪華そうだな」
「ですねー。前の村で塩を仕入れておいて正解でしたね。今から楽しみですよー」

 いつもの3割り増しくらいミンは目を細める。

「ところで気になっていたのだが……」
「はい?」
「ありゃ、なんだ?」

 実のところ、眠り粉や薬を売っている最中も気になって仕方がなかった。
 村から離れた所にある、鉄で出来ていると思わしき塔だ。距離がある為、正確な高さは分からないが、少なくとも人の手によるものとは思えない高さだ。

「……支配の塔ですね」

 ミンの声には心なしか陰があった。

「なんだ? よくないものなのか?」
「よくないもの……。そうですね。人間にとっては災厄を招いたもの」
「えらくまた大げさな言い回しだな」

 ミンはイヌカイを見上げた。

「そうおもいますか?」
「少なくとも俺にはただの鉄の塊にしか見えないからな」
「そうですね。ちょっと行ってみましょうか?」
「行くってどこへ?」
「勿論、あの塔ですよ」

 ミンは木箱を背負った。

「おい、売上の整理がまだだぞ」
「帰ってきてからでいいじゃないですか」
「まったく。盗られてもしらないからな」
「夢売りのものを盗るような人はそうそういませんよ」
「だといいけどな」

 先を行くミンの後をイヌカイはため息交じりに追いかけた。





 まだ生きている。恐ろしいですね。

「で、何を調べていたのだ?」

 ほんの少し立ち止まっただけなのに、イヌカイにはミンが銀の左目を使って何かしているのに気付いたようだ。

 共に旅をしているせいか、それとも何か変なモジュールをダウンロードしたか。
 困りましたね。うかうか隠し事も出来ません。

 嘆息して、根元まで後少しの距離で足を止めた。

「この塔が生きているかどうか確認していました。もう動力供給もされていないはずなのに……」
「生きている? まさか生物なのか? あのデカブツ」

 生きているの意味が違います。

 そう言いかけてミンは口ごもる。今のイヌカイは、ミンのモジュールライブラリよりダウンロードされた、各種モジュールで強化されているが、知識に関しては普通の人間と変わらない。
 ミンと今の人間では知識に大きな開きがある。
 知識関連のモジュールもあるにはあるが、それを血印者にコピーするのは許されていない。

 いえ、それを言えば死の川に対する耐性、それ以外のモジュールもコピー禁止なんですけどね。あれはイヌカイさんが勝手にダウンロードしただけですし。
 知識関連のモジュールには一切手をつけてない当たりイヌカイさんらしいというか。

「この塔自体は生物ではありませんが。
 そうですね、イヌカイさんに分かり易く言うと、壊れていない。と言ったところですか。
 本来ならもう朽ちてもおかしくないものなのに……」
「よく分からないが危険はないのか? 人間にとっての災厄なのだろう?」
「今は大丈夫ですよ。そもそも使える人間がいませんから」
「人間はって、これはお前ら夢売りや神々が使うようなものだろ?」
「なぜですか?」
「人間の手に余るだろう。こんなもの」

 イヌカイの答えは至極まっとうだ。それこそがこの塔が災厄と呼ばれる由縁。

 困りましたね、どうしましょうか。

 ミンは手近にあった、椅子代わりによさそうな岩に座った。まだ横に一人二人座れる広さがある。

「おい、ミン?」

 いぶかしげな表情のイヌカイを真っ直ぐ見る。

 私を相棒と呼んだこの人。
 本来なら人間に話すような事でない事は百も承知ですが……。

 ミンは横の空いているところを手の平で叩いた。

「少し、昔話をしましょうか。ちょっと長くなるのでイヌカイさんも座って下さい」

 この人は相棒だ。だから少しくらい特別扱いがあっていいですよね。






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