夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第02話
右腕にミンの体温を感じる。
わざとなのか、ミンは体重をイヌカイに傾けている。
「かつてこの大陸には人間と呼ばれる存在はなく、神々と彼らの手によって作られた神人のみが住んでいました。
今で言う神々が住まう地は、今でこそ高いがけの上ですが当時はなだらかな丘。だったそうですよ。私は当時、作られていませんので知識だけですが」
イヌカイが首を傾げる。
「人間がいなかった? じゃぁ、俺達人間はどこから来たのだ」
「外からです。死海を突き抜けて浜に乗り上げた鉄の船。そこに乗っていた人達が今の人間の祖先です」
そんな馬鹿な話があるか。鉄の船?!
「鉄で出来た船なんて海に浮くはずないだろう。第一、死海を突き抜けてって、死海の外にも大陸があるみたいじゃないか」
「そうですね。今の人間の知識、技術では鉄の船を作るのは不可能でしょう。ですが、過去の人間達には可能だったのですよ。
そして、死海の外。そこに大陸はあります。そこでは二つの勢力に分かれて争い続けていた。もっとも今はどうかわかりませんが。
船に乗っていたのは、戦争から逃げて新天地を求めた難民達だったんです」
「おかしくないか? そんな事があったら、昔話の一つにでもなったろうに」
「そうですね。でも、その理由は……続きを聞いていれば分かりますよ」
ミンの表情に陰りがある。
イヌカイは頭をかいた。
何か言いたそうなイヌカイの様子に気付いたのだろう。ミンが首を傾げる。
「イヌカイさん?」
「……あー。あのな。その、なんだ。別に言い辛い事なのだったら無理に話す必要はないぞ。そこまでして聞きたい訳じゃないし」
ミンはただでさえ細い目を更に細めた。
「えへへー。大丈夫ですよ。優しいですね、イヌカイさん」
「ってこら、やめろ。くっつくな」
ミンはふざけてイヌカイの右腕を取る。
「続けましょうか。その人間達に対して神々は大陸中央の土地以外を明け渡し、また神々が持つ技術を惜しみなく人間達に伝えました。
そのおかげで人間達は急速に発展し、大陸中に人間が広がっていきました。
だけど、神々の行ったことは間違いだったのかも知れません」
「なんでだ? 神々の技術とやらで発展したのだろう。今の状態を考えると信じられないがな」
「……戦争が起こったのです。かつて、彼らの故郷であったように大陸で二つの勢力に別れて殺しあった」
「冗談だろう……戦争から逃げてきたのではなかったのか?」
「そう、戦争から逃げて来た彼らは、神々の技術をもって戦争を起した。この支配の塔もそうした神々の技術によって作られた兵器だったのです」
「なんだと?」
改めて、鉄塔を見る。しかし、ただの鉄のかたまりで、これが人に害なすようなものには見えなかった。
「この塔は人間の意識を支配する為に作られました。味方の兵の恐怖心、罪悪感を消し、敵の兵を寝返らせる。人間が人間を支配する為に作られたものです」
「……だから災厄なのか」
「いえ、まだ先があります。結局、この塔は人間が一度も使う事がなかったのです」
「なぜ?」
「神々が使ったからです。神々は憂いていました。人間に技術を伝えたからこうなったのだと。
だから、支配の塔を通じて、記憶を取り上げたのです。人間に伝えた技術、知識。そして人間自身が持っていたものすらも。
それだけでなく、死の川で大陸を分断し、人間が一箇所に集中しないように小分けしたのです。二度と戦争が起せないように。
それを最後に神々は住まいし地を、なだらかな丘から崖に変えて人間から接触を断つ。
そのはずでした」
「はず、って事は出来ない理由があったのだな?」
「はい。そしてそれが災厄。この支配の塔を通じて人間達から記憶を取り上げましたが、同時に別のものも取り上げてしまったのです。
すなわち眠りを」
イヌカイの身体が驚きに固まった。
しがみついているミンにそれが伝わるのは百も承知だったが、それでもなおミンの話は衝撃的すぎた。
確かに人間が自ら眠る事が出来ない諸説に、神々が眠りを奪ったというものがあるが、それをこんな形で真実を知らされる事になるとは。
「……ミン、なんで神々は俺達人間から眠りを奪ったのだ? 戦争とは関係ないだろう?」
ミンは目を伏せた。
「神々も望んだ事ではなかったのです。支配の塔に不具合があったのか、奪った記憶に眠りに関する機能があったのか。
ただ、神々の力をもってしても人間に眠りを戻す方法は見付かりませんでした。だから、次善の策を取りました」
次善。
「それが……夢売りか?」
「はい。ただ、これはあくまで一時的な対処に終わるはずでした。
記憶を奪った人間達だけさえ、眠り粉を与えればいいと。彼らの寿命がくるまでの仮対処だと」
「だが、呪いは受け継がれた。子々孫々に」
「その通りです。一代限りと思われたそれは、遺伝したのです。親から子へ。子から孫へ。
そして、私達夢売りが定期的に村を回るようになったのです」
しばらく沈黙が降りた。
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