夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第03話






 ……嫌われてしまったでしょうか。困りましたね。

 沈黙の中、ミンは顔を伏せたままだった。
 イヌカイの顔を見るのが怖かった。
 おこなわれたのは遥か昔。おこなったのは神々。
 だが、それは今も続き、そして自分は神々の使い。

 なぜ、イヌカイさんに話してしまったのだろう?

 今さらながら、自問する。

 血印者だから? 相棒だから?
 それとも……イヌカイさんだから?

 ミンの頭が手の平で軽く叩かれる。

 そうイヌカイさんなら、こうやって済ますと思って――って、あれ?

 顔を上げてイヌカイを見ると彼は今だ塔を見ていた。

「正直なところ、話がでかすぎてとまどっているが。難儀なものだな人間というものは。
 争いから逃げたものが争うとは。
 でも、俺も人の事は言えないか」

 ミンをみるイヌカイの顔は、彼女が良くしっているいつものイヌカイだ。
 その彼が皮肉げに言う。

「故郷の仇を求めてここまで来た。いや、言い訳だな。
 嘘ではないが、少し。ほんの少しだけだが。仇に感謝している俺がいる」
「感謝? なぜですか?」
「もし、故郷の事がなければ、お前に出会えなかった」

 もしかして、初めてかも知れない。イヌカイが優しそうに、柔らかな笑みを浮かべるのは。

「本当はみだりに話して良い事ではなかったのだろう? ルールとやらに触れずとも。すまなかったな。最後まで聞かずにおれなかった。途中で止めてやるべきだったのに」

 思わずミンはイヌカイの腕を抱く手に力を込めた。そして、イヌカイはそれを拒まなかった。





 鉄塔より帰る道すがら。
 二人の並ぶ距離がこころもち短くなっていた。

「すっかり遅くなってしまったな。今日は村に泊めてもらうか?」
「そうですね。次の川まで距離がありそうですし、ここのところ、野宿が続いていますしね」
「野宿か。そろそろ季節的に厳しくなってきたし、次は毛布を仕入れたいところだな」
「そうですね。寒冷地用のモジュールがあるのですが、やはり意識的にはダウンロードできませんか?」
「言われてもな。見えないクモの糸を捜すようなものだ。飛斬も気付けば使えていただけだしな。モジュールと言われてもさっぱりだ」
「まぁ、普通はやれと言われて出来るものではありませんからね。でも、それで良かったのかも知れません。大きすぎる力は身を滅ぼす事もありますから」
「そうだな。先祖の過ちがあるからな。子孫の俺が繰り返す訳にもいくまいよ。まぁ、おまけ程度に考えるさ。今でも十分、人間には過ぎた力だしな」
「薬の材料を集めるのには便利ですけどね」
「まぁな。薬の種類が増えたのは俺のおかげだろう?」
「否定はしませんよ。植物はともかく動物となると、さすがに私では追いきれないですからね。おかげで売上が以前より上がってますよ。食べきれないくらいです」

 そんな話を続けながら村のすぐ手前まで来て二人は同時に足を止めた。

「イヌカイさん」
「分かっている。もう夕げの時間なのに煙が一つも上がっていない」
「盗賊でしょうか?」
「いや、たぶん違う。静か過ぎる。嫌な予感がする。外れていて欲しいが……」
「とりあえず、行きましょう」
「ああ」

 二人は村へと駆け出した。






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