夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第04話
「くっ、やっぱりか」
民家の一つに入り、歯噛みする。
恐らく夕げの支度の途中だったのだろう。
床に皿がちらばっている。
そして、村人がことごとく倒れている。眠りについているのだ。
肩を揺するが、起きる気配はない。
「ミン! 何か――」
「イヌカイさんっ! これを嗅がせて下さい」
ミンは木箱から取り出した小瓶をイヌカイに投げ渡した。
見ると一見眠り粉のように見えるが、それよりも粉が粗く、銀一色ではなく様々な色が所どころに見える。
「これは?」
「眠り粉に対する中和剤ですっ。眠り粉で眠りについてない状態だと、眠り粉が数日効かなくなるので自分では吸わないよう注意をして下さい」
イヌカイは栓を抜き、瓶を眠っている村人の鼻先に近づける。
すると、あれだけ揺すっても起きる気配を見せなかった村人が薄く目をあけ、伸びをする。
「いつの間にこんなものを?」
「九快の街の後です。いずれこんな事に遭遇する可能性が高そうだったので準備しておきました。……使わずに済むのが一番だったのですが」
「何にせよ役にたった訳だ。作ったのはこれ一つだけか?」
「いえ、もう一つ。手分けしましょう。私は玄関に向かって左周りに起していきますので――」
「分かった、俺はこの家の全員を起したら右回りする」
「お願いします」
ミンは家の外へ駆け出していった。
遠ざかる錫杖の音を耳にしながら、イヌカイは残った村人に中和剤を吸わせていった。
「お疲れ」
「お疲れ様です」
村人全員を起し終わった二人は、村はずれの納屋を借りる事にして、その納屋前で焚き火を囲んでいた。
金串に刺した魚が香ばしい匂いを誘う。
「本当なら、もっとおいしく食べられたろうにな」
「まったくです」
ミンはそう返しつつ、竹筒の濁り酒を茶碗に注いでイヌカイに渡す。
そして、自分の分も注ぐ。そして、一気にあおり再び注ぐ。
「せっかくのお酒が台無しじゃないですか」
「……の割には飲んでるじゃねぇか」
呆れつつ、切った生野菜も金串に刺して、爆ぜる音をたてている焚き火のそばに立てる。
「飲まないとやってられません。みすみす犯人を逃がしてしまったのですから」
「まぁな」
塩の塊をを手の平で砕きつつ魚と野菜に振り掛ける。
そして、魚の金串を手に取り歯を立てる。皮のパリッとした歯ごたえと塩の味、そして淡白で微かな甘みがする。その味の余韻を楽しみつつ、茶碗の時々泡が浮かぶ酒をすする。
まったく、これをなんの憂いもなく口に出来たら、どんなに極楽だったろうか。
「しかし、どうやったのだろうな? 村人を一度に眠らせるなんて。俺の村の時と状況が違う。そもそも眠り粉によるものなのか?」
すでに二杯目も飲み干し三杯目を注ぎながらミンが答える。
「まず間違いないでしょう。でなければ中和剤の効果がでません」
「九快の街のような事は?」
「ないでしょう。あれは特殊な土地事情でこそ成立するものですし」
ミンも魚の金串と、ついでに野菜の金串を取り、続けて歯を立てる。
その飲みっぷり、食べっぷりに苦笑しつつ、新たな魚に金串をさして、焚き火に立てる。
「死の川を持ち運ぶ事は出来るのか?」
ミンは口の中のものを咀嚼しながら、つかの間考えていたようだが首を横に振る。
「普通の方法では汲んですぐならともかく、急速に効力を失い蒸発します。勿論、持ち運ぶ方法がない訳ではないですが。村全体に影響を与えるほどの量、そして方法を考えると非現実的ですね。
おまけに村人の誰もが何も覚えていないとなると、どうやったのかさっぱりです」
困りました、といつもの口癖を呟くミンだが、今回に限りイヌカイも同感だった。
せっかく、村の仇かあるいはその手がかりに、近づけたと思ったのだが。
茶碗に半分ほど残っていた酒を一気に煽って、ミンに差し出した。
一本目の竹筒は既に空になったのか、ミンは二本目を取り出してイヌカイの茶碗に注ぐ。
「イヌカイさんは――いえ、なんでもないです」
言い出してすぐに取り消したミンにイヌカイは眉を潜める。
「なんだよ。言いたい事があるなら言えよ」
新たに注がれた酒をすすりつつ、イヌカイは言った。
「イヌカイさんは仇が討てたらどうするつもりですか?」
「ん? 村の仇を討った後か?」
「はい」
少し伏せがちなミンの顔。火の照らすその顔が赤いのは酒のせいか。
「そうだな。……もう、帰った所で待つ者もいない。付き合うさ、最後まで」
夢売りの寿命は10年。
薬の知識は眠り粉の対価として学んだと旅の間に聞いた。
村での眠り粉や薬を売る段取りで、長く続けている事も分かる。
……恐らく、寿命は残り数年あるかないか。
「ありがとうございます」
何かをごまかすように、ミンは魚にかじりついた。
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