夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第05話
翌朝、二人は村を後にした。
「次の村か、あるいは死の川までどれくらいかかる?」
「そうですね、インターフェースに問い合わせてみましょうか?」
「インターフェース?」
ミンは自分の左目を指した。
「この左目は、神々の作った連絡網と情報網を、見たり報告したりする為のものですが、それそのままを見ると、情報が膨大すぎて理解出来ないのです。
だから、この左目で直接情報操作するのではなく、私に理解出来る形で情報を加工、整理する為の機能が備わっています。いわば私達と神々の間に立つ翻訳者ですね。それがインターフェースです」
「ほおっ」
なにやら感心しているように見せていますが、絶対理解してないですね。
「ちなみにインターフェースもモジュールの一つなのでダウンロードすれば、ほぼ私達と同じ事が出来るようになりますよ」
イヌカイは鼻をならす。
「いらねぇよ。俺にはお前がいるだろう?」
う、殺し文句ですね。ずるいですよ、イヌカイさん。
「とりあえず、問い合わせてみましょうか」
インターフェース、起動。視認方向に村か死の川の存在を――キャンセルっ!
「イヌカイさん、前方へ視界を延ばしてください。イヌカイさんなら出来るはずですっ!」
「視界を延ばす?」
何気なくイヌカイが前を向く。そして動きが固まった。
ミンと同じモノを見たのだろう。
普通の人間には見えないほど先に、一人の男がいた。
赤い装束、紫の腰帯。四葉の錫杖。
外見はまるで夢売りだが、その顔は壮年のそれだった。
そして、左目を縦に横切る刀傷の跡があった。
「はぐれ、か?」
「どうやら私達を待っているようですね」
「……それはそれは。待たせちゃ悪いな」
「ええ、いきましょうか」
二人は歩を早めた。
野道の中央に立つその男は二人が問う前に名乗った。
カクと。
その名は知っている。
チョウヨウに血を与えたはぐれ。死の川を埋め立て九快の街を作った者。
「質問が二つある」
「答えよう。血印者よ」
「俺達が来た先に村がある。昨日なんらかの方法で、村人全員に眠りの粉をまいた奴がいる」
「ふむ、せっかく良い夢を見せたいうのに。起すとは無粋な真似をしてくれる」
「つまり、あなたがやったと言う事ですね」
「その通りだ。神々の人形よ」
イヌカイの手が刀の柄に触れる。
「もう一つの質問だ。焔の地、四越村。覚えは」
「ふむ。覚えはあるな。私が眠り粉を配った村だな」
「そうか」
てめぇが村の仇かっ!!!
イヌカイが抜刀する。カクが下がるが、そんなものは関係ない。
カクの首を狙って飛斬を放つ。それは確実に彼の首をはねるはずであった。
「?!!」
しかし、カクが錫杖を一振りすると、高い金属音が鳴り響き――それだけで終わった。
「まさか、飛斬を使える血印者が奴以外にもいるとはな。正直、ひやりとしたわ」
カクが口角を微かに上げる。
一方、イヌカイは今起こった事に驚愕していた。
飛斬は必殺の一撃だと思い込んでいた。否、普通なら距離、障害物を無視しての攻撃など防ぎようがないはず。
もし、仮に防ぐ方法があるとするならば。
「てめぇも飛斬を――」
「ありえません」
イヌカイの言葉を、呆然としたミンの言葉が遮った。
「いくらはぐれとはいえ、銀の左目を失った以上、インターフェースは失われたはず。夢売りの制約から解放されたとはいえ、入手手段がないはず」
「そこが神々の人形の限界といった所だな。つまらぬ奴だ。チョウヨウを殺されたと聞いて、どれほどの奴かと思えば……。
それに引き換え、血印者よ。お前は面白い。人間の身でありながら神兵のモジュールを使いこなすなぞ。その人形には過ぎたシロモノよ」
「人の相棒を人形呼ばわりするなっ!!」
イヌカイの踏み込んでの斬撃は、しかし錫杖によって阻まれる。
飛斬は確かに強力であるが、万能ではない。距離を詰めれば飛斬の発生より早く切る事が可能だ。しかも、イヌカイには神兵用の戦闘用モジュールがコピーされている。
ただ、それをもってしてもカクに阻まれる。つまり、カクも同等のモジュールを使用している事を意味する。
勿論、イヌカイにはそのような神々の技術を理解出来るはずもない。しかし、カクに対して、生半可な攻撃が通じないのは本能的に理解できた。
イヌカイはミンを庇うように彼女の前に立った。
「ふむ。まぁ、今日の用向きは済んだ。いずれまたまみえるとしよう、神々の人形とその守護者よ」
風が吹いた。
カクを中心に。それは土煙を立て視界を塞ぐ。
「くそっ」
左手で目を庇い、刀を持つ右腕でミンを引き寄せるイヌカイ。
そして、土煙が消えた時、そこにカクの姿はなかった。
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