夢売りのミン 第五章 夢売りが呪いを語る。−第06話






「風?」

 イヌカイの怪訝な声にミンは頷いた。

「恐らく。強力な眠り粉を風で村中にばらまいたんです」

 囲炉裏の火が爆ぜる音が部屋に響く。
 ここは死の川の小屋。
 日が落ちるには早かったのだが、心身を落ち着かせる為にここで一日休息を取る事になったのだ。

「やっぱり、あの風は奴の仕業か」
「はい、ただ……」
「ただ?」
「あれは戦闘用モジュールではなく娯楽用のモジュールでした。そんなものまで使えるなんて」
「なぁ、ミン」
「なんですか?」
「俺の飛斬もそうだが、そもそもなんで夢売りが使えないモジュールって奴が存在するのだ? 使えないものを持っていても仕方ないだろう」
「カクが私を人形といったのを覚えていますか?」
「神々の人形ってやつか?」
「はい。ある意味でその表現は正しいのです。私達、神人は神々によって作られました。しかし、作られた時点では使用目的が決まっていないのです」
「……夢売りになるのじゃないのか?」
「神人が全て夢売りになるわけじゃありません。むしろ神人全体の割合から考えたらごく一部にすぎません。
 神々の身の回りを世話するもの、施設の警護や管理、娯楽を提供するもの、そして神々を守護する神兵。
 役割毎に神人を作るより、あらかじめ全てのモジュールを持たせた神人を作り、用途に応じて使えるモジュールを制限するほうが管理し易かったのです。
 夢売りは数多くある用途の一つに過ぎません。
 はぐれが私達を神々の人形と呼ぶのは、その神々に与えられた役目を疑問なく果たす事からつけられた蔑称なのです」

 いつになく、ミンは自虐的だった。
 カクの存在があまりに衝撃的過ぎた。強大すぎた。

 あれは私の手に、いえ夢売りの手に余る存在です。
 困り――いえ、困る余地すらない……。

「?」

 水の音に目をむければ、イヌカイが茶碗に清酒を注いでいた。
 彼が先に酒を注ぐのは珍しい。いつもはミンが先に飲んでいたのだが。
 だが、その茶碗はミンに向かって差し出された。

「えっと」
「とりあえず、飲め。そして、そんな情けない顔をするな」

 言われて。
 茶碗を受け取り、いつも通り一気に飲み干す。

「……私、そんなに情けない顔をしていましたか?」
「ああ。たしかに恐ろしい奴だとは思う。だが、気持ちが負けていては勝てるものも勝てん」

 空になった茶碗を見下ろす。
 ぽつ、ぽつと雫が茶碗の底を跳ねる。

「すいません、もう一杯おねがいします」

 茶碗を差し出す手が震えている。
 何もいわずイヌカイは酒を注ぐ。
 再び一気に飲み干す。

「?!」

 いきなりイヌカイの方に引き寄せられた。

「恐れるな。お前は俺が守る」

 恐れる? そうか、私は……。
 涙があふれて止まらない。
 そうだ。私は怖かった。はぐれが、カクが、あんな存在だとは思わなかったから。
 しがみつく私をイヌカイさんは拒まなかった。

「うああああぁぁ!」

 カクが見ていたらさぞみっともないと嘲笑うだろう。
 それでも私は声を上げて泣くのを止められなかった。





 衣擦れの音で彼を起さぬよう気をつけながら身体を起した。
 いくら眠り粉で眠っているとはいえ、近くで物音があれば目が覚めてしまう。
 肌がまだ彼の体温を恋しがっていたが、着衣を身につける。
 逃げ切る事は可能だ。
 逃げ切りさせすればすべて零へと帰す。あの恐怖とも無縁で終えられる。

 ……困りました。そんな事できるはずもありません。
 彼は私を信用しています。
 彼は私を信頼しています。

 裏切れる訳がない。
 力の差は歴然。そして、相手はカク一人ではないだろう。血印者は元より、夢売りの協力者がいないとは思えない。
 だが、彼は言ったのだ。守ると。

「抗ってみますか。精一杯」

 それが生きるという事だ。



  第五章 完






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