夢売りのミン 第六章 夢売りの歪みが復讐者を生んだ。−第01話






「ち、この村もか」
「まだ、眠らされて一日程度のようです。これなら十分間に合います」
「ありがたい。前の村じゃ結局死者が出たからな」
「とはいえ、急ぎましょう。大人はともかく子供が心配です」
「では、前と同じ手順でいくか」
「はい、この家はおまかせします」

 ミンは玄関から出て行った。
 家の中は家族と思われる数名の村人が倒れている。
 死んでいる訳ではない。
 皆、眠っているのだ。
 だが、通常の方法では起す事の出来ない眠り。
 このままでは飢えて死ぬ。
 イヌカイは硝子の小瓶を取り出して栓を抜く。覚醒の粉。ミンにそう名づけられたそれを眠っている村人の鼻先に近づける。
 途端に身動きを始める村人。続けざまに他の村人にも同じように嗅がせていく。
 モタモタしている暇はない。
 何せ村中が目覚めぬ眠りについているのだから。





「上出来ですねー」

 広場で薬の後片付けと、売上の整理をしながら上機嫌でミンが言った。

「まぁ、あんな事があっても、眠り粉と薬が売れたからな」
「今日は山菜が多いです。味噌もありますので鍋にでもしましょうか」
「イノシシの干し肉もあるぞ。しかし、今から夕げの計画かよ」
「それが楽しみの副業ですからっ」

 そして、ミンの声のトーンが少し落ちた。

「前の村では結局、売るどころじゃありませんでしたからね」
「まぁ、犯人扱いだからな。状況が状況だけに疑われるのは仕方ないが」
「ですねぇ。置いてきた眠り粉。ちゃんと使ってくださるといいのですが」
「考えても仕方ない。強要は出来ないしな」

 あらかた、売上の整理が終わって風呂敷にまとめる。

「うーん、イヌカイさんにも私のような箱が欲しいですね」
「あ? いらねぇよ。俺まで夢売りに間違われちまう」
「でも、イヌカイさん。もう私の知っている薬の知識は身についてるじゃないですか。私がいなくなった後も――」

 そう言ってミンは固まった。
 その頭を手の平でかるく叩き

「先の話だろ。今から考える事じゃないさ」
「そうですね」

 何事もなかったかのように風呂敷包みを背負うイヌカイに、ミンは困ったような笑顔を浮べた。

「少し早いが行くか。鍋にするなら川の小屋か、村で鍋借りるかしないと無理だぞ」
「そうでした。いきましょう」

 イヌカイが先に歩き、その後ろを木箱を背負いながらミンが追いかけた。





 日がかなりかたむいている。
 野宿かと危ぶまれたが、常人には見えぬ前方に特徴のある濃霧が見えた。

「とりあえず、鍋中止はなくなったぞ」
「よかったですー。まだ清酒のこっていましたっけ?」
「残り少ないがあるな。かわりに米焼酎と麦焼酎があるが」
「いつの間に……」
「お前さんが、山菜に目を奪われている間にだよ、まぁ麦のほうはよその村で作られたものらしいが」
「お酒なんて、どこで作られようと同じです。おいしければいいのです」
「身も蓋もねぇな」

 イヌカイはひとしきり笑ってから。

「なぁ、ミン」
「なんですか?」
「はぐれの事なのだが」
「カクの事……ですか?」
「まぁカクもだが……」
「?」
「そもそも、なぜはぐれになる? はぐれになったら何か利点でもあるのか? 神人の力は左目の力によるものなのだろう? まぁ、カクは特別のようだが」

 ミンはしばし思案する。

「そうですね。カクは確かに特殊な事例なので除外するとして、ほとんどの理由は寿命でしょうね」
「寿命?」

 かつて、ミンから夢売りの寿命は10年と聞いている。

「なんだ? はぐれになったからって寿命が延びる訳か?」
「はい。その通りです」
「?!」

 試しで言ったものが、あっさり肯定されて驚愕する。
 そんなイヌカイの様子をミンが困ったように見ている。

「イヌカイさんはたぶん勘違いされています」
「?」
「夢売りの寿命は10年ですが。神人はそもそも人間より長く生きます。神人ではなく夢売りが、10年以上”生きてはいけない”のです」
「な、なんだ、そりゃっ。それじゃまるで」
「はい、夢売りの寿命というのは肉体的な限界とかそういった類ではなく、そういうルールなのです」

 かける言葉を思いつかない。
 ルール? 生きてはいけない? 生きられないじゃなく?

「イミさんの事を覚えていますか?」
「忘れてたまるか、縄で囚われの身にされたというのに」
「そうでしたね」

 ミンは苦笑している。

「あれはイミさんが村からいなくなったのが原因ですが、肉体的な限界というならイミさんが消える必要はありませんでした」
「おい、自殺したとか言うのじゃないだろうな?」
「違いますが、ある意味では近いと思います。そして、それを拒否したものがはぐれとなるのです」
「ルールって言ったな。決めたのはどうせ神々って奴だろう? なんでそんな10年なんてルールになったのだ?」

 ミンは目を伏せて、困ったように微笑む。
 最近、彼女はそんな仕草を見せる事が多い。

「そうですね。この際だからお話しましょう。ただ、少し長い話になりますので夕げを食べながらにしましょう」






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