夢売りのミン 第六章 夢売りの歪みが復讐者を生んだ。−第02話






 小屋についてから、まず眠り粉を作る事から始めた。
 こういった点に関しては旅が始まった頃よりミンは一貫していた。
 常に眠り粉の残量を把握し、商った分を補充する。
 夢売りとしての役目を怠らなかった。
 イヌカイは川の水を精製機器に流し込んだ後は鍋の準備を始めた。
 囲炉裏の五徳の上に鍋をおき水を入れて、そこに味噌を放り込んで長箸で味噌を鍋の端の水上で軽く焦がし、香りをだしつつかき混ぜていく。
 終わったら、干し肉、山菜を放りこんでいく。

「いい匂いですねぇ」

 眠り粉の小瓶をもってミンが奥の部屋に戻ってきた。
 木箱にしまいながら彼女は香りを堪能している。

「肉はまだもうちょっとかかるだろうが、山菜ならもういけるぞ」
「そうですか、ではその前に」

 ミンは茶碗に清酒を注ぐ。そして、それを口にせず、イヌカイへと渡す。
 それから、自分の分を注ぐ。
 あの夜より、ミンの行動が変わりつつあった。
 何かにつけ、イヌカイを立てるような行動を取る。

 まるでこれじゃ、夫婦みたいな――

 そこまで考えて、イヌカイは頭をかいた。

「どうしました?」

 ミンは不思議そうに首を傾げている。
 ちなみに彼女の茶碗はまだ口をつけられていない。

「なんでもない」

 そう言って、イヌカイは茶碗の酒をすする。
 ミンのあわせるように一気に茶碗の酒をあおる。

 意識しているのは俺か、こいつか。どっちなのだろうな。

 そんな事を考えつつ箸を鍋へと伸ばす。
 ミンは清酒がなくなったので、米焼酎か麦焼酎のどちらにするか迷っている。

「ミン、ここに来る途中で話したことだが」
「あ、はい。分かっています」

 とりあえず、米焼酎を選んだミンはついでとばかりに干し大根を取り出して鍋に放り込む。
 彼女は茶碗に焼酎を注ぎつつ彼女は伏せがちに言う。

「私達の寿命の話ですね」
「ああ」
「10年しか生きられない。そんなルールになったのは、過去の人間達が起こした戦争に関係しています」
「戦争というと、前の鉄塔で記憶を奪ったという奴か?」
「はい」

 ミンは茶碗の焼酎をまた一気にあおる。

 もう少し、ペースを落として飲めないのかこいつは。

 イヌカイが眉を潜める。
 その表情を別の意味にとらえたのかミンが補足する。

「問題は記憶をうばった云々ではなく、人間は争うものだ。そう神々が認識してしまっている事です」
「えらく極端な話だな、おい」
「私もそう思いますが、技術を与えた神々にとってはそれだけショックだったのでしょうね。
 そして、夢売りを送り出す事になって恐れたのです」
「恐れたって何を」
「人間に感化される事。何十年と人間と関わる事によって、人間にとっても、神々にとっても害なす存在になる事を」
「……そんなもの。試してみなければわからんだろうに」
「私も先日まではそう思っていました」

 鍋に箸を伸ばしつつミンは言った。
 その横顔はまるでイヌカイをまっすぐ見ないようにしているように思えた。

「先日まで?」
「カクの存在はまさしく、人間と神々の脅威と言えます」
「あれは特別じゃないのか」
「かもしれません。ですが、多くの夢売りは実の所、人間という存在を妬んでいます」
「妬む……か。穏やかじゃないな」
「神々から技術を授かるような寵愛を受け、その期待を裏切った現在もなお、神々は人間を見捨ててはいません。夢売りの存在がその証です。
 一方、夢売りは人間に眠り粉を与える道具として神々の地より送り出され、そして10年という命の期限を切られ、……寿命が尽きた者は処分されます」
「……処分?」
「分かりやすく言うのなら殺されるという事です。神人と人間では命の在り方が違うので表現は正しくありませんが」

 イヌカイは表情を凍りつかせた。
 今なんと言った?
 殺される?

「馬鹿なっ!! 何故だっ!!」

 思わず叫んでいた。
 ミンは顔を伏せたまま続ける。

「言ったように殺されるというのは表現が正しくありません。私達は作られた過程の逆に分解され、新たな神人の材料になります。ですが、寿命がくれば、私が私でなくなる事は確かです。
 人間に感化された可能性のある神人をそのまま使い続けるほど、神々は軽率ではなく。……そして、神々にとって私達の存在はあくまで道具にすぎないのです。はぐれの言う神々の人形のように」
「お前達はっ、お前はそれを納得しているのかっ。受け入れるのかっ」

 ミンはすぐに返答せずに茶碗に焼酎を注ぐ。すでに何杯目だろう。
 それをまた一気にあおる。

「私達に、私に何を求めておられます? 私は神人。神々に作られ神々に与えられし使命を全うする為に作られた道具。
 ……でも、そうですね。あえていうなら、納得ができず神々の使命に背いたのがはぐれです。人間を妬みながら、人間の為に奉仕する。そんな歪みがはぐれを生んだのです」
「俺は……お前を道具などと思った事はない」
「知っています。でも、神々にとっては道具でしかないのです。私は使命を果たす為に努力しました。多くの夢売りが人間に嫉妬するなかで、必死に人間を好きになろうと好きになって、はぐれのようにならないように……」

 ミンは顔を上げた。目に涙が浮かんでいた。顔が赤いのは酒のせいだけか?

「でも、死にたくないです。もっとイヌカイさんと居たいです。一緒に旅をしたいです」

 イヌカイはミンを抱きしめた。

「ああ、一緒だ。ずっと一緒だ。共にいよう」

 それが、ただの気休めだと十二分に分かっていながらも、イヌカイは口にした。
 他に何が言えようか?






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