夢売りのミン 第六章 夢売りの歪みが復讐者を生んだ。−第03話






 困りました。
 私は後悔しています。昨日は飲みすぎ……はいつもの事ですね。
 だけど、お酒のせいか言ってはいけない事を口にしてしまった。

「ミン? なにしている」

 いつの間にか、イヌカイが随分と先をいっていた。

 いつからでしょう、旅でイヌカイさんが先を行く事が多くなったのは。
 イヌカイさんの声はいつもと変わりません。
 でも、絶対昨日の話を気にしているはずです。
 何故なら、イヌカイさんはやさしいですから。

 ミンは歩を早めてイヌカイに追いつく。

「次の村は何もないといいですね」
「まあな。それが一番なのだが……」
「なにか?」
「つけられている。いや、見張られているというべきか?」
「?!」
「キョロキョロするな。まぁ、感づかれいるのを気にしてるようではないが」
「いつから?」
「気付いたのは今だ。だが、恐らくモジュールとやらのせいだろうが、さっきから勝手に視覚聴覚が過敏になっていたのでな」
「……カク、ですか」
「違うな。根拠はないが、奴のような底知れぬものを感じられぬ。そもそも、奴なら見張るなどという行動などとらぬだろう。
 だが、恐らく関係者ではあろうな。奴以外に覚えはないからな。血印者か別のはぐれ、あるいは……」

 寿命の近い夢売り。

「でも、なぜ」
「本人に聞くのは早いが。飛斬が通じる相手かどうか」
「やめましょう。見ているだけなら。気味が悪いのは確かですが」
「そうだな、カクに対抗する手立てもまだ確立できていないしな」

 対抗する手立て?

「どうした、そんな驚いたような顔をして。カクは倒さねばならぬ相手でだろう」
「あるのでしょうか。そんなものが」

 イヌカイが苦笑する。

「夢売りのお前がそんなでどうする。神々ですら神兵などというものに身を守らせているのだろう。
 神々ならぬ奴に届かぬはずもない」
「楽天的なのですね」

 ミンは苦笑を返した。

「悲観してもしかたないだろう。すくなくとも奴よりも手強い問題が出来たのだ。策を練れるだけカクの方がマシだ」

 より手強い問題……恐らく、それは私の寿命。

 ミンは思わずイヌカイの腕を取る。勢いで錫杖が鳴った。

「お、おい」
「しばらく。いえ、次の村まではこうさせて下さい」
「……見られていると言ったはずだぞ」
「かまいません」





 次についた村も起きている人間はいなかった。

「ここもですか」

 まだ、村人が起きたばかりのところに眠り粉をまかれたのだろうか。
 家の外に多くの村人が倒れている。
 木箱より覚醒の粉を取り出し、もっとも近くの村人に近づこうとした。
 しかし、その視界がイヌカイに手よって伏せられる。
 彼の表情、いや、その目には冷たい光が宿っている。

 イヌカイさん?

「ミン、俺がやる」

 ミンが前に出るのを制したイヌカイが倒れている村人に近づく。
 瞬間、金属がすれる音と風切り音が鳴った。

 え?

 ミンは一瞬、状況が理解出来なかった。
 イヌカイが村人にむけて抜刀し、眠っていたはずの村人が跳ね起き、飛びのいたのだ。

「姑息な手口だな。他の奴も起きるがいい。飛斬で首をはねられたいのなら別だがな」

 イヌカイの言葉に倒れている村人のうち、数人が身体を起こす。
 そして、ミンは息を飲んだ。
 起き上がった村人の中に銀の左目を持つ男性がいたからだ。

「ふん、さしずめお前が今回の首謀者か。名を聞いておこうか」

 イヌカイも当然気付いているようで、険呑な視線を叩きつける。
 何かおかしい。
 ミンはイヌカイの様子に戸惑う。
 いくら騙まし討ちをしかけられようとしたとはいえ、ここまで怒りの感情を見せるとは。

「ジンだ。なぜ、わかった」
「……大方、カクには独断だったのだろうが。モジュールが教えてくれたよ。屋内に隠れている奴もいるな。出て来い」

 イヌカイの声に押し出されるように、帯刀した者達が姿を現す。

「で、何のつもりだ? はぐれもいないようだし、全てお前の血印者だな。カクの所業だけでも許しがたいというのに。さらにお前、ミンを狙っていたな。そこの男にミンが近づこうとした時、殺気がもれていた」

 近くに倒れていたはずの男が、イヌカイの一瞥でたじろぐ。
 殺気というのなら今のイヌカイの全身を纏う気配がそれであろう。

「カク殿がお前をえらく気に入られたようでな。そこの夢売り共々我等の仲間として引き入れると。
 だが、私は認めぬ。自らの意思で傲慢な神々の手を振り払えぬ者など――」
「ああ、俺も認めぬ。我が半身とも言えるものを傷つけようとする者の存在をな」

 え?

 ミンが言葉の意味を問い質す前に、イヌカイの姿は消えていた。






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