その日、村の住人を起し終えた二人は村で空き家を借りて夜を明かすことになった。
村人全員が眠りに落ちた事は盗賊が毒をまいたが、二入が追い払ったという事になった。
勿論、嘘ではあったが、地面に村人のものではない残った血の跡で説得力が出たようである。
イヌカイはミンの目の前で手を振った。
「おい、大丈夫か?」
「は、はいー。大丈夫ですよ」
なんというかミンはふわふわと気持ちが飛んでいるような感じに見えた。
「確かに今日は大変な事があったが……」
まだ酒も飲んでいないというのに大丈夫か、こいつ?
それとも……。
「俺が血印者を斬った事が悪かったのか?」
「え?」
「確かに手心を加える事も出来た。だた、それでもお前に危害を加えんとするその心が許せなかったのだ」
「ちょ、え、違います。違いますっ」
「む? 違うのか? ではなんだ?」
ミンは指の先を合わせてもじもじしている。
むぅ。昨夜は昨夜でこいつにとって良い話題ではなかったが、その事を引きずっている訳でもなさそうだしな。
……困った。
二人の間に沈黙が下りる。
重い……。
いい加減に耐えかねて問い質そうとした時に、ミンが口を開いた。
「あの……」
「なんだ?」
「半身ってどういう意味ですか?」
は?
「なんだ、それは」
「な、なんだって。言ったじゃないですか、『我が半身とも言えるもの』って」
……記憶にはある。勢いで言ってしまったが。
「勢いでああ言ってしまったのだが。不快だったか?」
「勢い……ですか?」
「あ、ああ。深く考えて言った訳ではないのだが。っておい、なぜそこで酒をとりだす」
茶碗に注ぐこともなく、なんと竹筒の水筒の麦焼酎をそのままあおる。
さすがに全部飲み干すのは無理だったようだが、水筒から口を離したミンの目が据わっていた。
「……責任とって下さるのでしょうね」
「せ、責任? なんのだ?」
「この美人薄命な私を勘違いさせた責任ですねっ」
「じ、自分で言うかっ。……まて、勘違い?」
途端にただでさえ酒で上気していた顔が真っ赤に染まった。
「ふ、普通、そういうのは夫婦の関係で言う事じゃないですか」
………………。
さて、どうしたものか。
とりあえず、ミンから竹筒をかっぱらった。
「な、何する――」
直接水筒に口をつける。
飲まずに言えるかっ。こんな事っ。
「ああ、俺はお前とは夫婦関係。少なくともそれに近い関係にある。そう思っていたが、それのどこが悪いっ」
さらにミンが真っ赤になって、俺から竹筒を取り返す。
竹筒の残りはだいぶ少なくなっているはずだが、残りを一気にあおったようだ。
「ぜ、全然悪くありませんっ。それでいいのですっ!!」
しばしにらみ合う二人。
が、同時に笑い出した。
「とりあえず、腹が減ったな。何か食うか。結局この村で商いは出来なかったが」
「そうですねー。血の説明だけで後は眠り粉が精一杯でしたから。なんだったら、明日にでも薬を商いましょうか?」
「いや、次の村でもまた余裕がない状態やも知れぬからな。早めにこの村を出る事にしよう」
「分かりました」
ミンが、風呂敷包みから保存食の干したもの、燻したものを取り出している。
「ああ、そうだミン」
「はい、なんでしょう」
「一度だけ。一度だけだが、カクの隙をつける方法をみつけたぞ」
「え? 本当ですか?!」
ミンが驚愕している。
当然だろう。あのバケモノに弱点など想像しがたい。
「ああ。俺も今日気付いたが、神兵用モジュールとやらの欠陥……。いや、違うな。想定されていなかったのだろう。何も出来なくなる瞬間が存在する。あくまで神兵用モジュールに頼り切っている事が前提だから、一度その隙をつけば次はないだろう」
「本当にそんなものが?」
「ああ。だが、その隙をどう利用するか、だ。おまけにレンという血印者も神兵用モジュールが使えるのだろうな。二人同時を敵とするとき、どちらか片方にしか使えないだろう」
ミンはイヌカイに干し芋や燻した肉を渡しながら。
「そのレンという人ですが、彼はインターフェースが使えていました」
「ああ、そのような事を言っていたな。だが、それがどうした?」
「恐らく、カクが様々なモジュールを使えるのは彼のせいです」
「なんだと?」
「はぐれは左目を潰す事により自分自身のモジュールすら本来は自由に出来なくなります。だから、潰す前に可能な限り制限されていないモジュールを使えるようにしておく訳ですが。
血印者がインターフェースのモジュールをもっているなら話は別です。本来、血を通じて血印者に死の川の耐性を与える機能が、まったく逆に働きます。すなわち――」
「カクの神兵モジュールなどを使えるようにしたのは奴の仕業か」
「はい。そして、はぐれには夢売りのような制限がありません。どんなモジュールでも使えるように出来るでしょう。さらには、彼には私達のような銀の目を持っていません。神々の情報網にアクセスできませんが、代わりに神々から彼を監視する事は不可能です」
「ようはバケモノがもう一人増えた訳か」
いまさらのように酒がまわってきたようだ。
俺が壁に背を預けると、ミンが隣に座って身体を預けてくる。
愛おしい。
そんな言葉はこんな気持ちを言うのだろうな。
故郷をカクに滅ぼされ、復讐を誓った俺がそんな事を思うようになるとはな。
人生とは分からぬものだ。
恐らくミンの寿命はもう間近だ。そんな彼女に俺が贈れるようなものは何もない。
だから、せめてこの命は彼女の為に使おう。
ミンの体温を感じながら、イヌカイはそのように思っていた。
第六章 完