夢売りのミン 第七章 夢売りは神々の元へ。−第01話






 掌底がカクのアゴを掠める。さらに動きが鈍った。

 通じる! 私の攻撃がっ。
 イヌカイさん。策士に向いていますよ。
 もっとも、この大陸には需要はありませんが。

 先程までミンの攻撃を鈍らせていた枷。それも外れたおかげで、カクの体感では倍以上の速度に感じているだろう。明らかにミンの攻撃に対応しきれていない。
 しかし、それでもミンは決定打を打てずにいる。当然だ、この状況に持ち込む為に、武器を手放したのだから。
 本来ならこの状況は何時までも続くはずはない。カクの劣勢は一時的なもの。いずれ、彼の枷もはずれ、ミンの速度にも対応出来るはず――だった。
 だが、カクは隙をついて距離を取った。わざと作った隙なのに。それに気付かぬほど追い詰めていたのか。

「よくも、ここまでやってくれたものだ。あの血印者の為にお前は生かしてやろうと思っていたものを」

 カクの表情は怒りで真っ赤に染まったいた。
 本来なら格下のはずのミンにしてやられたのがよほど業腹だったのだろう。

「あなたのその奢りが私達を勝利に導いたんです」
「ほざけっ。何を勝ったつもりでいる」

 カクは錫杖を構える。
 飛斬が来る。
 しかし、ミンは冷静に言い放った。

「すいません。私はあなたに嘘を付きました」

 その意味を問い質す前にカクの首がはねられた。





 それはいつものように川の小屋を出た時だった。
 外にはレンが待っていた。
 イヌカイは特に驚かなかった。
 モジュールが感知していたから。ミンにもすでに伝えてある。
 そもそもレンは隠れてすらいない。
 イヌカイは刀を抜かなかった。相手に不意打ちなどする気がないのが、分かっていたからだ。
 そのつもりがあれば飛斬が飛んできていただろう。そして、そんなものが今のイヌカイに通じぬ事は百も承知のはずだ。

「何か用か?」

 レンは二人に向かって一礼をする。

「お迎えにあがりました。時期がきましたので」
「時期……ね」

 傍らの相方に一瞬だけ目を向け、イヌカイは再びレンへ目を向ける。

「だったら、先に行くがいい」
「……案内はいらないと?」
「大方、ミンも知っているのだろう?」

 ミンの肩が微かに震えた。
 レンはしばく二人を見ていたが、やがて頷き。

「承知しました。ではお待ちしております」
「ああ」

 レンが去って、しばらく二人は立ち尽くしたままだった。
 だが、ミンは意を決した表情で何かを伝えようとしたが、それを手で止める。

「言わなくていい。だいたい察しはついていた。お前は俺の半身だろう?」
「っ!!」

 声なく、ミンはしがみついてくる。
 だが、時間は無情に過ぎていく。

「行くか。残念だが待ち人がいる」
「はい」

 二人は死の川を渡る事なく、上流へ向かって歩き始めた。





 死の川の上流を上っていくのはイヌカイにとっては初めてだった。
 いや、そもそも血印者にならなければ、死の川に近づく事すらままならぬので、そんな発想自体が思い浮かばなかったはずだ。
 そこにたどり着くまで二人は無言だった。
 いつもなら他愛のない事を語りあっていただろう。
 だけど、今日は違う。語り合うまでもない。
 お互い分かり合えていたから。





 たどり着いたのは滝だった。
 天高く阻む壁より降り落ちる。
 神々の住まいし地であり、人間と神を隔てる崖。
 そこにイヌカイの言った待ち人いた。
 滝から川へと転ずるあたりに偏在する岩場にカクが。
 二人が歩いてきた岸側にはレンと数名のはぐれ。そしてその倍以上いる血印者達。

「よく来たな。と言っても元々ここを目指していたのだろう? 今日で終わりの日を迎える神々の人形よ」

 憐れむようにカクがそれを口にした。






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