夢売りのミン 第七章 夢売りは神々の元へ。−第02話






 イヌカイに驚いたそぶりはなかった。

 すいません。イヌカイさん。

 本当なら口に出して言わなければならない事だった。
 それがどんなに辛い事実であっても。
 それが自分を半身と呼んでくれた男に対する誠意であったはずなのに。
 だが、イヌカイは言うだろう。

 気にするな、と。

 それこそが、ミンの知っている彼だった。
 ミンはカクの方に視線を向けた。

「それで、用向きはなんでしょう。花道を作って下さるには向かない方々のようですが」
「なぜ、自分の寿命を知られているのかは聞かぬのか」
「恐らく、そこにいるあなたの血印者でしょう」

 一瞬だけ、視線をレンに向ける。

「彼はインターフェースを他の神人にも接続出来る。それでもなければ、他のはぐれや血印者がこの場にいても、ただ足手まといなだけですから」

 足手まとい呼ばわりされた者達がいきり立つが、レンが手でせいする。

「ふむ、なるほど。ワシが神兵用モジュールを使える理由も当然理解出来ている訳か。だが、ならばむしろありがたい。話を大幅に短縮出来る。神々の人形、いや、ミンと言ったか。
 我々の目的に手を貸さぬか?」
「あいにく、私は人間が好きなのです。人間に八つ当たりするような行状、加担するとでも?」
「逆に問いたいな。ワシがただ人間を抹殺する。それだけの為に目覚めぬ眠り粉をまいていたとでも言うのか?」

 たしかにそれは疑問だった。ただ、人間を殺したいだけならカクの力をもってすれば村一つ一時で全滅だろう。
 自分の手を汚すのがいやなら他の従えたはぐれに命じればいい。

「ワシは国を興す。はぐれと血印者を頂点とした国をな」

 一瞬、聞き違いではないかと思った。
 はぐれが国を興す?

「なにを馬鹿な……」
「ほう? お前は九快で何を見た。多くの人間がたった一人の血印者の掌の上であった。そして、死の川の効果に可能な限り近づけた眠り粉。そして、お前が作ったそれすらも目覚めさせる薬。果たして馬鹿の世迷言かの? 人間を我等の下におくという事が」
「……神々が放っておくはずがありません」
「かつてそうであったように支配の塔を通じてか? この大陸に4つ建てられている支配の塔は、どれもコード一つで動力が切れるようになっている。後は、神々が直接介入するしかないが、果たして積極的に人間に関わろうとするか? 
 夢売りの寿命を10年ときった意味。知らぬわけではなかろうっ」

 慄然とした。カクは本気だ。
 そして、それを狂人の妄想ではなく、実現にむけて実験と計画を重ねてきた。
 そう、彼に従うはぐれは、そしてレンに殺されたジンもはぐれの国という理想をエサとして集まったのだ。

「その国では人間は奴隷ですか」
「ああ、そうだ。だが血印者は別だ。気にいった奴らがいるなら血をくれてやるがいい。レンがいれば不老のモジュールも扱える。人間どもも不老の可能性があるなら砂粒ほどの希望があれば、喜んで従うだろうて」

 カクの笑い声はごく普通の壮年のそれなのに、とてつもなく醜悪に聞こえた。

「……答えは否です」
「ほう? ならばお前は今日限りの命だぞ?」
「それが夢売りです。10年の寿命を人間の眠りに捧げるのが私達の使命。……そして、もう一つ」

 カクが眉を潜めた。

「もう一つ?」
「はい。神人の不始末は同じ神人がつけるのが義務。私の最後の仕事は人間に眠りを届けるのではなく、あなたを倒す事です」

 カクは口角を吊り上げる。

「お前が? お前の血印者の間違いではなくか?」
「いえ。彼にはあなたとの戦いの邪魔にならないように、他の者を阻んでもらいます」

 軽い音がなった。
 レンが自らの膝を叩いた音だった。

「すげぇ。すげぇよ。自分がどれだけ無茶言っているか、理解してる? なぁ――」
「理解してるさ」

 それまで無言だったイヌカイが言った。

「俺の役割は露払いだ。何者であろうとも邪魔はさせん」

 金属のすれる音と共に、イヌカイはゆっくりと刀を抜いて、レン達を向く。
 ミンは木箱を地面においた。

「ご武運を」
「お前こそ、な」

 その言葉が合図のように二人は分かれて走り出した。
 ミンはカクへ。
 イヌカイははぐれ達へと。






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