あおいうた−第一章 緑と青 第08話






 これは言うだけの事はあるな。

 蒼一は目を丸くしていた。
 ハンバーグ定食、焼肉、フライドポテト、シーフードスパゲティ、サラダ。
 それが手品のように消えていく。
 ここがファミレスでなければ拍手していたかも知れない。

「学食でもそんな感じなのかい?」
「まぁ、そうですね。皿を置くスペースを広くとるから、いつの間にか指定席が出来てましたわ」

 まぁ、この食べっぷりを見ては、場所を占有しすぎと文句をつける猛者もいないだろう。
 この食べっぷりがあっての体格か、あるいはその逆か。どっちだろうな。

 呆れつつもどうでもいい事を考えていると、今度は良縁が目を丸くしているのに気付いた。

「蒼一先輩っ、袖、袖っ」
「あっ」

 良縁の食べっぷりに気をとられて、自分が注文したナポリタンの皿に袖がのっていた。
 ソースが袖口とリストバンドにしみこんでいる。リストバンドの裏側は大丈夫かとめくって、良縁が息を飲む気配を感じた。

 やらかした。

 少し気を抜きすぎたようだ。ソースはリストバンドの裏側まで染みこんでいなかったが、その下にある傷跡と真新しい包帯、そして滲んだ血の痕をみられてしまった。

「噂は聞いているだろう。そんな顔するなよ」
「で、でも。それ、新しい――」
「結局、やめられないって事さ。僕の業かな」

 リストバンドの位置を直しながら、袖をハンカチで拭く。

「食べ終わったならそろそろ出ようか」
「え? 蒼一先輩、まだ途中ですやん」

 良縁の言葉通り蒼一の皿は半分も減っていない。

「あまり食べる方じゃないんでね」

 伝票を持って立ち上がってレジに向かう。良縁も後に続いている。
 ウェイトレスが蒼一達に気付いてレジに向かう。

「すいません、カードでお願いできますか」
「はい、ありがとうございま――」

 蒼一が黒地に金の縁と文字がデザインされているカードを取り出すと、ウェイトレスは一瞬凍りついた。

「ご、ご利用ありがとうございます。サ、サインを頂戴してもよろしいでしょうか」

 差し出された伝票に慣れた手つきでサインする。
 伝票と引き換えにカードを受け取る。

「ごちそうさんでした」

 良縁はウェイトレスに声をかけるが、彼女の視線は蒼一に釘付けだった。
 ファミレスを出てから良縁が尋ねる。

「あのカードって、もしかして物凄いものなんですか?」
「ん? これかい?」

 財布にカードをしまいなら、なんでもないように答える。

「まぁ、日本の所有者は千人強って話だね」
「それってごっついカードなんじゃ。年会費とかも高いんじゃないんですか?」
「僕が払ってる訳じゃないからね」
「? 蒼一先輩のカードでしょ」
「母の香典として貰ったのさ。さしずめ金はいくらでもやるから近づくなって所かな?」

 なんでもないように話す蒼一。実際に本人はなんとも思っていなかったが、良縁が気まずそうにしている。

「悪かったね、他人の家庭の事情なんて聞いてて気持ちいいものじゃないだろ」

 自嘲的に笑って、さもこれで話は終わりとばかりに黙り込んだ。

「あの……」

 しばらく、してから良縁が口火を切った。

「なんだい?」
「昼間の音楽室ですが」
「?」
「また行ってもええですか?」

 蒼一は意外な申し出に目を丸くした。

「CDは渡しただろ」
「はい。でも俺が聞きたいのは蒼一先輩の歌なんです」

 真っ直ぐな言葉。なぜか胸に突き刺さる。

「聞くだけなら、昼休みに音楽室に来るといい。悪目立ちしたくないだけで、誰かに聞かれたくないという訳でもないから」





 校庭まで来ると二年校舎にあの人が見える。
 こちらが手を振ると、向こうも軽く手を振って窓際から離れていく。

「なにやってんだ。お前」

 真治が不審そうに聞いて来る。

「何って朝の挨拶――」
「いや、そこじゃなくて。まだ『姫』との関係、切れてなかったのか?」

 良縁は話すべきか迷ったが、ごまかしたところでどうせばれると思って正直に言った。

「昼休みに歌を聴きにいってる」
「……最近、やけに早食いしてると思ったらそれでか」
「まぁ、ゆっくり食べてたら時間のうなるし」
「俺は深入りするなって言ったろ?」
「歌聞きにいってるだけやて」

 良縁の言葉に、真治は何を言えばいいか言葉に迷っているようだ。
 しかし、その迷いは無駄に終わった。

「おっはよー。良縁クン」

 毎度、大木にしがみつくセミの如くはりつく美澄。季節はもう冬に入っているが。

「だぁ、何度もいってるやないですかっ。くっつきすぎって」

 引き剥がそうとするが、そろそろ学習したのか美澄はするっと良縁の腕をかいくぐって正面にまわる。

 うっ、やばい。

「あ、良縁クン。おっきして――」
「ストップストップッ。それ以上何も言わない」

 美澄の両肩をつかんでようやく引き離す。

「何よ、ちゃんと身体は喜んでたじゃない」
「朝っぱらから、そんな話はやめてくださいって」

 おがむように、美澄に頼み込む。

「いいじゃない。健康な年頃の男子なら自然な事なんだから」
「だから、そういう事じゃないんやって、毎回言ってるやないですか」

 良縁と美澄の様子を見ていた真治は、ため息をついた。






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