あおいうた−第二章 白と黒 第04話
週末。
「それじゃ行ってきますね」
「メールで送れと言ってるのに、頑固だなキミは」
「……もう、言いっこなしにしません? それ」
筋トレ用品のモニターのレポートを、蒼一からは散々メールで送るように言われていた。
確かにわざわざジムまで手書きのものをもっていく必要性もないのだが。
良縁としてはどうも、キー一つでポンと送れてしまうメールに、理由のない不信感を感じてしまうのだ。
それはまるで、IT世代一つ前の中年社会人のような感性だったが、これからも手書きを続ける、良縁はそのつもりでいた。
蒼一によるパソコンのスパルタ教育の反動もあっただろう。
「昼食はどうする? 作っておこうか?」
「すぐ帰るつもりですから、いいです」
「そうか」
うなずいて蒼一は壁――というより筋トレ用品に埋もれた時計を確認した。
「僕ももう少ししたら出かけるけど、すぐ戻るつもりだから。今日は外に食べにいかないか? 今年最後の週末だ」
「あー、そういえば。レポートもっていくのも今年で最後か。でも、学生の俺達に週末って関係ないような」
「ははっ、気分だよ。そういえば、来年はそのレポートいつからもっていくんだ?」
「2週目から持っていきます。あー、そういえば」
「?」
「ジムのオーナーが蒼一のレポートも欲しいと言ってましたが」
「……まて、なぜそこに僕の名前が」
「今、一緒に暮らしているっていったらぜひと」
「まさかと思うが、キミはそんな事をポンポン言いふらしている訳じゃないだろうね」
蒼一が半眼になっている。かなり怖い。
「い、いや。ちょっとオーナーにカマかけられてひっかけられたんです。自分からは何も言ってませんって」
「ならいいが」
蒼一が腕を組んでため息をついた。
「……少なくともオーナーには僕達の関係はバレてるって事か?」
「たぶん、そうやないかと。まぁ口が軽い人やないんで心配せんでええと思いますが」
「心配するのは僕じゃなくキミだろう」
「へ?」
「僕はいまさらだし、親族とも疎遠だ。だがキミは――」
「もし、家族が蒼一を拒否するなら縁を切る。それぐらいは覚悟してますわ」
縁を切るなんて軽々しく言うな、蒼一の目がそう語っていた。
だが、良縁にも譲れない点がある。
「家族は大事ですわ。俺を産んでくれて、ここまで育ててもうて。ただ、俺は蒼一に出会ってもうた。それだけですわ。それに縁が切れても家族は消えてなくなる訳じゃありませんしね」
「キミは……」
「ここで話し込んでたら、行くの遅うなってしまいます。帰ってきてからにしましょう」
「そうだね」
そして、良縁が玄関を開けようとした時、名を呼ばれた。
振り返った瞬間、唇がふさがれた。蒼一の唇によって。
良縁は頬が熱くなるのを感じた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
良縁が出て行って少し。
蒼一も外出着に着替え始めた。
すぐ戻る。
その言葉に嘘はない。
たった一つの事を伝えるだけなのだから。
コンビニの駐車場スミで『オールグリーン・オールブルー』を歌っていると、コンビニを出入りする中高生らしき女の子がこちらを指差しながら囁いている。
目立つ容貌なのだし、慣れっこだが。
そして、コンビニから背の高い男が両手にフタ付きのコーヒーカップを持って出てきた。
こうして見ると背丈だけなら良縁と変わらないな。
冷静にそう評せるのは落ち着きを取り戻した証拠だろうか?
「ブラックだったよね、蒼一」
「いや、最近はそうでもないよ。良縁が甘党だから影響を受けてるかな?」
「そうか。先に聞くべきだったね。良縁というと先日の」
「ああ、彼の事だ」
白仁からカップを受け取った。
「しかし、わざわざ車で移動する事までなかったろう。用件はわかってるんだろ?」
「仕方ないじゃないか。二人でいる所を誰かにみたれて、良縁だっけ? 彼に第三者から耳に入ってもいいのかい?」
それは良くない。だからこそ、しぶしぶながら車で待ち合わせ場所に来た彼と同乗したのだ。
しかし……。
「左遷というのは本当だったんだな。あんたは営業じゃなかっただろ」
白仁が乗っていたのは会社のロゴの入ったライトバンだった。
「別に嘘は付く理由はないだろ。まぁ、中間管理職なんて肩が凝るだけだし、前よりは仕事にやりがいを感じているよ」
彼が底抜けに明るく笑った。
そう、この笑顔。そこに惹かれた。黒一色だった蒼一の心を白く塗りつぶすような明るさ。
言うべき事を言おうとして言葉に詰まる。
彼の笑顔に、かつての思い出がこみ上げてきたからだ。
良縁、キミは正しい。憎しみは愛情の裏返しだ。
落ち着くためにコーヒーに口をつけた。
口の中に苦味と香ばしさが広がる。
そして、深いため息をついた。邪魔をする思い出を全て吐き出すように。
「白仁」
「なんだい?」
「戻って来たのが仕事の事情なら、それは仕方ない。だが、僕はもう新しいパートナーを見つけてしまった。あんたとはもう何の関係もない」
彼は肩をすくめた。どこまで蒼一が重い気持ちで言っているのか、それが届いているのか疑わしくなってしまう。
「それこそ僕には関係ない話だ」
「?」
「彼は彼。俺は俺だ」
「何を言って――」
最後まで言えなかった。
視界が明滅する。身体がまるでスイッチをOFFしたように動かない。腕が垂れ下がり手からコーヒーカップが中身を残したまま落下した。
まさか、コーヒーに何か?!
白仁お前……。
口に出来ない言葉を視線に込めるが、彼はただ笑顔のままだ。
「どうした、蒼一。気分が悪いのか?」
そう言って、意識が消えゆく蒼一の身体に肩を貸した。
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