過ぎた願い−08page






 ビニールシートをくるくると巻いて小型のボストンバッグに詰め込む。

「よし、任務完了」

 汗を拭う仕草をして、小さく溜息をつく。

「う〜ん、英二遅いなぁ。もしかしてクズかご場所分からない…てことはないか」

 英二がこの辺りの事を良く知っている事は彩樹も良く知っていた。
 …ここで彩樹として出会う前から。
 ふと、見上げる。
 英二が寄りかかっていた一際大きな桜の幹にそって上を。
 鮮やかな色彩。英二の心を魅了した薄紅色。
 しかし、彩樹の心を捕らえる事は出来なかった。
 なぜなら…。

「ずっと、一緒だよ。英二…」

 幹に手を触れて瞳を閉じて呟く。

「無理だよ」

 瞬間、背中から声が聞こえた。
 ハッ、と目を見開いて振り向こうとして、硬直した。

「確か、約束の日から一週間ほど過ぎてると思うけど?」

 動けなかった。振り向けなかった。
 視界の端から前方へと伸びる黒く細長いもの。
 桜の木々の合間から洩れる陽光を受けてにぶい光を放つそれは、研ぎ澄まされた刃に見えた。

「だ、…誰?」

 声に聞き覚えはなかった。
 だが、彩樹は知っている。本当は聞くまでもなく。

「代理だよ」

 その一言で全てが理解出来た。

 逃げなきゃっ!

 しかし、足が動かない。
 まるで自分の足でないかのように震えて感覚が失せている。

「逃げ場なんてどこにもないよ」

 見透かしたように声が届く。
 全身の力を総動員して辛うじて体ごと振り向いた。
 そこにいたのは少年だった。
 まだ幼いと言って良い位の顔立ちで、目深にかぶった帽子のせいで表情は分からないが口元から笑っていない事だけは分かる。

「諦めて。悪いけど」

 淡々と、感情を込めずに少年は宣告する。

「約束は守られるべきさ。そうでしょ?」
「………」
「一応、伝言を預かってきてる」
「え?」
「もしも、全てを承知の上で覚悟を決めてるならもう何も言わないって…」

 彩樹はパッと希望に満ちた表情になった。
 しかし、それは続く少年の言葉にうち消された。

「でもね、僕が認めない。なぜならその約束を破る事によって誰に負担がかかるのか分かっているからね。キミも知らないとは言わせない」
「そ、それは…でも」
「たいした事でないとでも? 確かにキミ一人分の負担くらいはどうってことないだろうね。でも、どっちにしろキミのした事はルール違反さ」

 突きつけたままの黒い刃をそのままに少年は選択をせまる。

「キミが選ぶ道はそう多くないよ。自分の意思で本来あるべき場所に戻るか…。それともキミの意思を無視して封ぜられるか、だ」

 それは彩樹にとって死刑にも等しいものだったが、少年に微塵も容赦するつもりがない事は纏う空気から分かる。
 そして、もう一つの感情。哀れみがある事も。

「さぁ、選んで」






© 2009-2011 覚書(赤砂多菜) All right reserved