過ぎた願い−09page






 クズかごの近くに古ぼけた自動販売機があるのを思い出して少し遠回りをした。

「彩樹の奴、ひょっとして怒ってるかな?」

 少し遅くなった事を心配しながら、早足で戻ってきて英二は絶句する。

「じょう…だんだろっ!?」

 それはあまりに現実離れした光景だった。
 彼女に刃を突きつける少年。
 手にしたジュースの缶を放り投げて駆け出した。
 缶の落ちる音に二人は英二に気付くが、何の行動を起こさせる間もなく彩樹と少年の間に割ってはいる。

「え、英二っ」

 蒼白な顔で彩樹。それはとても気分が悪いだけではけっしてない。

「何のマネだっ。冗談にしても笑えないぞっ!」

 間近に見ても、少年の手にしている刀はおもちゃや映画の小道具には見えなかった。
 金属の鈍い光と、ズシッとした質量感が感じられる。
 だが、何より英二をゾッとさせたのは少年の目だった。
 英二の言葉が届いていないかのように表情を変えず、突きつけたままの刀の先端すら微動だにしていない。
 だが…。
 フゥ
 ため息を一つつくと手慣れた動作で、どこに持っていたのか飾り一つないシンプルな鞘に納める。

「いったい、何なんだ、お前は?」

 英二の問いかけに少年は答えない。ただ、少年は英二の方を見つめる。
 否、その背後を…。
 ちらっと横目で確認すると彩樹が震えている。
 すでに刀は鞘に収まっているのに、少年の方を見ようともしない。
 怯えているのは刃ではなく、少年そのものなのだ。

「邪魔をしないでよ」
「邪魔…だと?」

 まるで迷惑だといわんばかりの態度に、英二の胸の奥で怒気が膨れあがる。

「ふざけるなっ! このっ!!」
「だめっ!」
「なっ!?」

 思わず拳を振り上げた英二に彩樹がすがりつく。震えたままで。

「だめっ、だめなの…」
「さ、彩樹?」

 ガタガタと震えながらも懇願する彼女の言葉にしぶしぶ拳を降ろした。
 そして、次の瞬間ぎょっとする。
 彩樹の震えが大きくなった。

「お、おいっ!」

 もはや、それは恐怖によるものでなかった。

「あ、うっ…う゛ぁ…ぁぁ…」

 声は言葉にすらならなず、ただうめき声が英二の耳を打つ。

「おいっ!! どうしたっ! 彩樹っ!!! 苦しいのかっ!?」

 ただならぬ様子に英二は彩樹を抱え上げて走り出そうとして出来なかった。

「どこに連れていくつもり?」

 少年が立ちふさがる。再び刃を抜いて。

「どけっ! 早く病院に連れていかないとっ!!」
「だめだよ」
「ふざけるなっ!」

 強引に突っ切ろうとした瞬間、鼻先を風が掠めた。

「…え?」

 頬に微かにこそばゆい感触があった。
 眼前を通り過ぎた刃に切られた前髪が頬をかすったのだ。

「どうしても…というなら切るよ」

 先程、彩樹にそうしたように今度は英二に切っ先を突きつける。

「なんだよ…なんだってんだよっお前はっ!!」
「…だいたい病院なんかにつれていってどうするつもりなの?」

 あまりに当たり前の事を言われて、一瞬言葉に詰まる。

「どうする…って、そりゃ医者に診てもらって…」

 少年は最後まで言わせなかった。

「診てもらっても無意味だよ」
「何言ってるんだよ。そんな事は…」
「だって彼女は人間じゃないから」






© 2009-2011 覚書(赤砂多菜) All right reserved