カミキリバサミ−8page






 日が暮れて、街の明かりが夜道を照らす時間帯、誠は思い足取りで調べたポイントからポイントへと足を運んでいた。
 だが、何せここに現れるという確証はないばかりか、むしろ確率は低い。
 この街以外にも、条件に会う場所なんていくらでもあるだろう。
 かといって、千里に大見得切って家を出てきた以上、のこのこと帰るわけにはいかない。

 金髪先生に手伝ってもらうべきだったか?

 そう思って頭を横に振って思いなおした。
 何を弱気になっている。

 千里は俺のようになんにもない奴とは違うんだ

 千里は昔から頭が良かった。今年は高校受験だが、両親は県外の進学校に入学させるつもりらしい。
 頭だけじゃない。自ら考え行動出来る奴だ。
 中学生の身ですでにいくつもの資格をもってる奴なんてそうそういないだろう。
 昔聞いた事がある。そんなに資格とってどうするんだ? と。
 千里は、必要になった時、無駄な時間かけなくてすむでしょ、と当たり前のように返した。

 俺のように今日、明日だけ考えて行動してる馬鹿とは違うんだ。そして、それを踏みにじった奴がいる。

 そう考えると重かった足に力が入る。

「っ?!」

 勘違いか?

 だが、足は勝手にそちらへ駆け出していく。
 まただ。
 間違いない。

 悲鳴だっ!

 マンションの脇を抜け、スーパーの裏道を横切り、十字路に出てあたりを見渡す。
 居た。
 会社帰りのOLのようだ。
 駆け寄ると、アスファルトの地面に茶色く染色させた髪の束が落ちていた。
 同じ色の髪の女性は、カタカタと震えている。

「おい、あんたっ」

 ビクッと女性は体を震わせた。
 いまさらながらに誠の存在に気付いたようだ。

「犯人はどこだ。どこへ言った」

 彼女は口をパクパクと魚のように動かしたが声にならない。
 だが、震えながら指は路地のさらに奥の方へと指差した。

「向こうだなっ!」

 風呂敷を投げ捨てて、木刀を構える。

「よっし!」

 女性が指差した路地は外灯が古いのか、時折明滅するうえに十分な光量がなく薄暗かった。
 それでも見えないほどではなかったし、月明かりもあった。
 湊が言っていた。見ればわかると。
 ならばこれで十分だ。
 逃がしてなるものか。

 そして

 それは

 逃げるとか

 そういうものでない事を一目で理解した。

 湊が言った一目で分かると。

 その通りだった。

 3メートル近い体。その体に何かが映っている。
 信じられない事に、それはそいつの向こう側の景色。
 透けているのだ。
 後ろ向きだったそいつは、こちらに気付いたのか振り向いた。

 冗談だろ?

 のっぺりとした顔。
 そこに子供の落書きのような目、鼻、口があった。
 千里の言葉を思い出した。

 絶対、人間じゃない

 そうだ。千里はウソを言っていた訳でも見間違えた訳でもない。
 こんなものが人間であるものか。
 変装?
 どうやってこんなもんに?

 まるで操り人形のようにゆっくりとこっちに近づいてくる。
 その右手には大振りなハサミ。
 金属をすり合わせる音を立てながらハサミは開閉していく。
 自然に一歩足が退いた。
 そして我に返った。
 何をしてるんだ。
 俺は何をしにきたんだ。

 こいつをぶったおしにきたんだろうがっ!
 今更こいつが何者だろうが関係ない。

 自分の気圧された気持ちを振り払うように木刀を横なぎに振る。

「てやぁぁぁぁぁぁっ」

 剣道なんか知らない。
 ただ、全力で脇の下に木刀を叩きつけた。

「?!」

 手ごたえが変だった。
 勿論、木刀で人間を叩いた事等ないが、もはやそんなレベルではなかった。

「なっ?!」

 それはゴム、あるいは溶かした飴のようにグニャリと体が凹み、首の下を通過し、反対側の脇の下も巻き込んで、肘の下まで木刀がめり込んだ。
 と、次の瞬間

「うわっ」

 そいつが元に戻る反動で木刀が勢い良く弾かれた。
 手放すまいとしてバランスを崩し、腰を落とす。

「くそっ」

 咄嗟に立ち上がって木刀の先端をそいつに向ける。

 そいつが何をしようとしているのか分からなかった。
 ハサミを木刀に近づけ。

 それは紙を切る音に似ていた。

 アスファルトに木刀の半分が転がった。
 残る半分を手にしたまま、誠は震える手でそれを構えた。

 ウソだろ。いくら鉄が木より硬いたって…






© 2013 覚書(赤砂多菜) All right reserved