カミキリバサミ−9page






 街の外れにある公園。
 そのベンチに腰をかけ呆けたように、2本となった木刀を見つめていた。
 と、その視界にミネラルウォーターが進入して来た。

「好みが分からないからとりあえず水にしといた」

 そう言って彼は缶コーヒーのプルトップを空けた。
 一度口をつけてから不思議そうに言った。

「飲まないの?」

 言われて、喉が渇いている事に気がついた。
 ペットボトルのふたを開けて液体を一気に喉に流し込む。
 むせた。

「落ち着いて飲みなよ。彼はもういないし」

 少年が彼といったあいつ。
 あのバケモノは少年の言葉に諭されたように、闇へと消えていった。
 言うなれば、この少年に助けられたのだ。

「ありがとよ、助かったぜ」

 この少年が何者なのかはわからない。
 だが、あのときハサミを止めてくれなかったらどうなっていたか。
 考えるだけで身震いする。

「正直言って、礼よりも反省して欲しいんだけどな」

 少年は目を細めて言った。

「はん…せい?」
「見て分からなかったの? あれが人間じゃないって。それとも君は人外に対抗できるだけの異能力でも持ってるの? あるいはその木刀が対人外用武器とか言わないよね?」

 人外。
 そうだ。あれはバケモノだ。
 確かに無謀だった。
 だけど、誰があんなバケモノの存在なんて予測出来る?
 そう思って顔を上げた。

「なに?」

 この少年はあれをはっきりと人外と言って見せた。
 彼が背負っている布に包まれた刀。あれはきっとその人外用武器なんだろう。
 この少年ならなにか知っている。
 そう確信した。

「あれはなんだったんだ?」
「何と言われてもね」

 少年は困ったように頭をかく。

「外なるモノとの契約により人間と伝承を行き来するもの。そしてその存在を完全に伝承へと成らんとするもの…と言ってもわかんないでしょ」
「…確かに頭の悪い俺には理解不能だ。もっと平たく言ってくれると助かる」
「うーん。元人間。というか人間と伝承──すなわち、カミキリバサミを行き来してる存在だよ」
「人間…なのか、あれが」
「言っておくけど、君が見たのは伝承カミキリバサミであって、人間である時の彼とはまったく別の存在だよ」
「ようはあれか? 人間がさっきのバケモノの姿に変身してるって事か?」
「厳密さに欠けるけど、まぁそう思ってかまわないよ」

 缶コーヒーの中身を飲み干して、少年は無造作に空き缶を投げ捨てる。
 それは吸い込まれるように金網のゴミ箱に入っていった。

「とりあえず、君は手を引いてくれないかな。無力なのは分かっただろ? 後7人なんだからさ」

 …なんだって?

「何が後7人なんだって?」
「君も噂を聞いているんだろう? カミキリバサミの願いが成就するするには13人の髪を切らなきゃならない。今日で6人目だから後7人だ」
「ちょっと待て、カミキリバサミの願いって、願い事はやつを召還したやつだろ」
「違う。たぶん、まだ伝承が不完全だから噂もずれが生じているんだと思う。願ったのはカミキリバサミになる前の人間さ。そして13人の髪を切った時、初めて彼の願いである伝承カミキリバサミとなる。新たな都市伝説の誕生さ」

 そして、少年は背を向けた。

「言っておくけど、僕は正義の味方とかじゃない。君を助けたのは、彼が暴走しかかってたから軌道修正しただけだ。何事もなく儀式を完了するのが一番被害が少なくて済むんだ。まぁ、今回の事で懲りたとは思うけど、間違っても彼の前に立たないで欲しい。でないと無駄な犠牲者がでないよう動いてる僕の努力が無駄になる」

 振り向かないまま、去っていこうとする少年に誠は慌てて声をかけた。

「ま、待てっ。そもそもお前は何者なんだっ」
「僕? 僕はただの代理人。外なるモノの使いだよ」

 それ以上、問いかける前に少年の姿は消えていた。
 夜の闇の中に紛れたのか。
 それとも本当に消えたのか分からなかった。
 誠は額を押さえて呻いた。

「なんなんだよっ、畜生!」






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