カミキリバサミ−14page






「遅かったか」

 運が良かったのか、悪かったのか。
 誠のすぐ前に怯えて泣き崩れている女性がいた。
 その足元にはバッサリと切り落とされた髪。
 悲鳴を聞いて駆けつけた時にはすでに遅かった。
 昨日と違い比較的開けた場所で、夜中とはいえ、もしカミキリバサミがいるのなら見つけられるはずだったが、それらしい痕跡はみつからない。
 仕方がないので、

「大丈夫か?」

 そう言って女性を立ち上がらせようとしたが、女性は小さい悲鳴を上げて後ずさる。
 その視線の先を追って、自分の失敗に気付く。
 バールだ。
 バケモノに襲われた上に、今度は凶器を持った男とくれば警戒して当然だろう。
 仕方がない。
 少々気が咎めたが、女性をそのままに誠はある場所に向かった。
 なんとなく予感がしていた。
 あいつはそこにいる、と。
 たどりついたのは、街外れの公園。

「まだ、懲りてなかったの?」

 予想通り、あの少年はそこにいた。

「また犠牲者が出たぜ」
「知ってるよ」

 少年は誠のバールに目をつけた。

「だから、そんなものは通用しないって」
「だとは思ったんだけど。さすがに手ぶらじゃ不安だったからな」
「…じゃなくて、僕は手を引けと言ったんだけどな」
「そうはいかない理由を思い出したからな」
「理由?」
「カミキリバサミの願いが成就した時、髪を切られた女は呪われるそうだろ」
「確かに噂ではそうなってるね。まだ確定はしてないけど」
「確定してない?」
「前に言っただろ。願いが叶って初めて伝承カミキリバサミは完成する。噂になっている以上呪いが振りかかるのは否定しきれないけど、まだ確実じゃない」
「確実かどうかの問題じゃねぇだろっ。第一、呪いってなんだよ」
「知らない」

 少年は言葉はウソだと誠は直感的に感じた。
 しかし、無理強いしても少年は答えないだろう。
 そもそも、あのカミキリバサミと渡り合ったこの少年を相手に無理強いなんて不可能だ。
「なんか、ねぇのかよ。他に方法は。お前だったら、あいつを倒せるじゃないのか?!」
「前にも言ったけど、僕は別に正義の味方じゃないよ。それに第一無意味だ」
「無意味? なぜ?」
「カミキリバサミは人間が伝承になろうとしている存在だ。今のカミキリバサミは不完全で、いくら対策しても何度でも発生する。まだ、完全な伝承カミキリバサミの方がやりようがある」
「じゃぁ、人間の方をどうにかしろよっ」
「出来ない。契約者及びその契約に手を出す事は禁じられている。説得ぐらいなら出来たろうけど僕の声じゃ届かない」
「契約、そうだ。その契約だ。確かお前言ってたよな、外のなんとかって」
「外なるモノだよ」
「そう、外なるモノとの契約って。それにお前は外なるモノの使いって。何の事はねぇ、お前も一枚かんでたんじゃねぇか」

 少し前に勝ち目がないと判断していたにも関わらず、誠はバールを少年に向けて構えた。
 だが、少年は布に包んだ刀に手を伸ばす気配すらない。

「誤解だ。確かに僕は外なるモノの使いだ。否定しない」
「だったら、何が誤解なんだ」
「誰でもない、何者でもないモノ。読み手にして語り手。祈り願うモノの心を聞き取り、その願いが紡ぐ物語を対価として力を与えるモノ」

 少年の言った事が分からなかった。

「僕が仕えるモノ、僕という駒の指し手。僕はその代理人。彼の心のスキをついて契約を締結したヤツと一緒にするのはやめてもらいたい」

 少年の瞳にほんの一瞬だけとはいえ、殺気とも怒りとも言える何かに気圧される。

「え、えっと。つまり、何か? その外なるモノってのは一人だけじゃないのか?」
「たくさんいるよ」
「まじかよ…」
「と言っても、直接人間に干渉するのは僕の主と、ヤツだけだろうね」
「ん? ちょっと待て。結局契約したヤツはお前の主とやらとは別なんだろ? だったら別に──」
「契約を強制的に破棄したとして、今度はこっちの契約を破棄された時反論出来ないだろ。先に手をだしたのはこっちなんだから」
「暗黙のルールみたいなものか?」
「まぁ、そうだね。ペナルティがある訳じゃないけど、向こうに口実を与えたくない」

 少年はそこまで言ってため息をついた。

「…正直な話、今回は僕の失点なんだ。彼を説得しようと言葉を重ねたけど、僕の言葉に意味なんてないって気付いた時には、すでにヤツに契約されてた」
「なんで、お前の言葉に意味がないんだ?」
「僕もカミキリバサミに近い存在だからさ」

 少年が言った意味を理解するのに数秒要した。

「つ、つまり、お前も人外?」
「100%って訳じゃないけどね。それにそれより重要なのは僕が願いを叶えた存在だって事だ。主の下僕であり駒であり、人間にはないルールに縛られている。だけど僕は自分の意思でそれを望み成った存在だ。そんなヤツがどうして彼を説得できる? 我ながら馬鹿だったよ」

 いらだたしげに少年は地面を蹴った。
 その仕草は年相応の人間に見えるのに。
 少年は誠の目をまっすぐに見つめた。

「ここまで言ったんだ。もう手を引いてくれ。僕はただ自分の尻拭いをしているだけだ。呪いについても何も考えてない訳じゃない。君に出来る事は何もないんだ」

 誠にそれ以上何も言わせず少年は去っていった。
 思わず手にしていたバールを地面に叩きつける。

「くそっ」






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