カミキリバサミ−16page
「諦めてくれた。そう思っていたんだけどね」
少年は険しい表情でそう言った。
真夜中の公園。
そこにいる保障などどこにもないのに誠は確信に近い予感を持って足を向けた。
恐らくこの少年は誠が来る事を知っていた。
自らを人外だと言ったのはこの少年だ。
「そうはいかねぇ理由が出来た」
「それは何?」
「呪いイコール死ぬってのは本当か」
少年は答えなかった。
だが、刹那の間の動揺を誠は感じとった。
「誰からそんな事を」
「事実なんだな。俺は噂を又聞きしただけだ。直接聞いたのは最近知り合ったおっさんだよ」
「おっさん?」
少年は疑わしげに眉を潜める。
そして、何かに気付いたかようにその名前を呟いた。
「不動秀和?」
「え? 知ってんのか?」
少年は脱力するように肩を落とした。
そして肩を震わせる。
「お、おい」
「参った。なるほど、なるほど。全面的に僕が間違っていた訳だ」
「間違いだぁ?」
「そう。僕は君を、今回の件にはまるで無関係だと思っていた。でも、違ったんだ。君もこの物語のキャストだったんだ。いや、君こそメインキャスト。彼と共に演じるダブルキャストだったとわね」
少年は何がおかしいのか腹を抱えて笑っている。
「おい、いい加減にしろよ。今度は誤魔化されねぇ。呪いの件──」
「彼がそう言ったなら間違いないよ」
「彼って…おっさん?」
「そう、不動秀和こそがカミキリバサミだからね」
脳裏に昼間カバンを落とした時みたハサミのイメージが蘇る。
「ば、馬鹿言え。あれはただの就活中のおっさんだろ。第一、だったらなんで俺に近づいて来る?」
「彼にカミキリバサミである間の記憶はないよ。夢を見ているようなものさ。そして、君との出会いは偶然じゃない。選ばれていたんだよ。最初から」
「選ばれたって何に」
「物語にさ。所詮僕は脇役に過ぎない。彼が無為に伝承と化していくのを黙って見ているしかないと思ってた。でも、本当は彼と君、二人の対決の物語だったのさ」
「なんだよ。物語物語って、芝居やってんじゃねぇんだぞ」
「いーや、芝居どころかとっくに幕は上がっているんだ。カミキリバサミに殺されかけた人間が、カミキリバサミ本体から伝承の内容を聞くなんて、そんな都合の良い偶然なんてあるものか。それにどちらにしろ、君は彼の前に立つんだろう? 呪いを成立させない為に」
「ああ、そのつもりだ」
少年は両手を広げた。
「この世界には物語が溢れている。ちっぽけなものから、壮大なものまで。人が物語を編む事もあれば、物語が人をあるべき場所へと配置する事もある。物語が先か、人が先かなんてどうでもいい問題だ」
「なんかわかんねーけど、嬉そうだな」
「勿論だ。前言を撤回する。君は闘える。彼と闘える武器を持っている。僕には契約破棄は無理だが、君なら可能かも知れない」
「ちょ、ちょっと待て。いきなりなんだ。それに武器って」
「それはいずれ説明するよ。今日で残り二人になった。だけど、チャンスは何度もない。彼が現れる度に対峙すればいいって訳じゃない。タイミングが重要だ」
「タイミングって、もしかして最後の一人とか?」
「そう。もっとも伝承に近づく瞬間であり、同時にもっとも契約が形を現す瞬間でもある」
「…俺はどうすれば良いんだ? 小難しい話はいらねぇ。俺は妹を…いや、妹とあのおっさんを救いたいだけだ」
「明日の夜、またここへ来て。君の武器についてと、そしてそれに必要なものを渡すよ」
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