カミキリバサミ−19page
夜になって公園に行くと少年が待っていた。
「後一人だな」
「いや、まだ犠牲者が出てないから二人だよ」
誠は滑りそうになった。
「本気で助ける気ないんだな」
「髪を切られる程度、いいじゃないか。死ぬ、あるいはそれ以上に惨い目に会う人種をたくさん見てきたよ。もっとも、死ぬより惨い目に合う人種はそれなりの事をしてきた連中ばかりだったけど」
少年は自業自得とばかりに肩を竦める。
「でも、13人目が髪を切られた時点で呪われて死ぬんだろ?」
「まぁ、君が成功すれば問題なし。失敗しても一応対策は考えてあるよ」
ちょっと視線をあさっての方向にむけて少年はつけたした。
「物凄く気がすすまないけどね」
「どうでもいいけど、俺にはカミキリバサミと闘う武器って奴があるんだろう? それを教えてくれよ。何が武器なんだよ」
「もう使ってる」
「は?」
少年は腕を組んで誠を見上げた。冗談と思われては困るとでも言うように。
「説得するんだよ。言葉で」
「…マジで言ってる?」
「大真面目だ。僕の言葉は彼には届かない。届くとすれば彼と同じ舞台に立った君の言葉しかない」
「そんな事言っても、あいつほとんどまともに喋れない感じだったじゃないか」
「彼と相対した夜の事だね? 確かにあの時には説得なんて無理だったろう。だって、あの時点でまだ6人の髪しか切ってないからね。その分伝承カミキリバサミとしての存在が安定してなかったんだ。言葉を返せば、最後の一人となる明日はもっとも説得に有利な状況になるって事」
説得、そう言われて昼間の秀和との会話を思い返す。
「なんて言えばいいんだよ。お前は自分の言葉は届かないって言ったな。でも、俺の言葉だって届くとは思えない。今まで何もしてこなかった俺になんて説得すればいいんだよ」
「悪いけど、それは君次第だ。君が失敗すれば契約満了により彼は伝承カミキリバサミに存在が転換される。そして、不動秀和という存在はどこにもいなくなる」
「死ぬ…ってことか?」
「死の定義にもよるけど、存在の在り方が変わるだけ。ただ、人間社会から不動秀和という存在が抹消されるのは事実だ」
誠は顔を抑えて呻いた。
「重ぇ、重てぇな。畜生」
「別にこの件から降りるのは君の自由だ。元々、君には何の責任もない事だ」
「そんな訳にいくかよ、妹の命がかかってんだ。それに──」
秀和の人懐っこい笑みが脳裏に浮かぶ。
「なんであのおっさんが、カミキリバサミなんて訳のわからないもんにならなきゃならないんだ。俺と違ってがんばってきたあのおっさんがよ。間違ってるぜ」
「…」
少年が小さく一言二言呟く。
何を言っていたかは聞き取れなかったが、彼の手にはいつの間にか一冊の本があった。
それを無造作に誠に向かって放った。
「おわっ、ってなんだこりゃ」
受け取った本は新書サイズの大きさだった。
本が開いた状態でキャッチしたのだが、そのページは白紙だった。
パラパラと最初のページに向かってめくっていくが、ひたすら白紙だった。
本を閉じると、背表紙も表紙のタイトルが書かれるものとおもわれる四角模様も空白だった。
「君と相対する前に犠牲者が出ては困るからね。それを貸してあげる。カーナビみたいなものだと思ってくれればいい。それが君を彼の元へ導いてくれる」
「…ほんとかよ」
改めてページをめくるが最初から最後まで白紙だ。
「僕は僕で準備があるから、明日は君をエスコートなんて出来ないから。…やっぱり、気がすすまないなぁ」
沈痛な面持ちで呻く少年の準備とやらも気になったが、白紙の本を閉じて
「これって常に手にもってなきゃいけないのか?」
「ん? ああ、実際にナビゲートするときは持ってなきゃいけないけど、必要になる時までカバンにでも入れておけばいいよ。ちゃんと知らせてくれるから」
「本当かぁ?」
「文句言うなよ。本来なら対価と引き換えにするものなんだから。僕の裁量で貸したんだから、いらないと言うなら返してよ」
「分かった信用するよ」
取りあえげられてはかなわないと、誠は白紙の本をバッグに入れた。
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