消える教室−5page






 少年が近づいてくる。

「ねぇ、ここはどこなの?」
「餌場さ」
「えさ…ば?」
「さっきのような雑魚ではなく、さっきのように人の手により創られた存在ではなく、もっと高位の存在を繋ぎ留める為、対価を支払う。ただそれだけの為に作られた虚数空間さ」

 少年は美晴の前まで来ると手を伸ばした。

「聞きたい事がいっぱいある」
「答えられる範囲なら」

 涙をこらえて少年の手を取り立ち上がる。
 少年はきびすを返して歩き出す。
 慌てて美晴もついていく。

「さっきの奴が雑魚だっていったよね。もっと高位ということはもっと凄いのがここにいるの?」
「凄いの基準にもよるけどね。まぁ、竹やりとマシンガンくらいの差くらいに考えてくれればいいよ、さっきの式神は本来は逃走防止用のはずだけど、しつけがなってなかったみたいだね」
「じゃぁ対価っていうのは」
「たぶん、言うまでもなく分かってるんだろうけど、あえて言うと君達」
「なんで私達がっ?!」
「運…じゃないかなぁ」

 少年は困ったように首を傾げる。

「なによ、それっ!」
「だったら逆に聞くけどさ、普段の行いが良ければ交通事故にあわないの? 偉大な人物はガンにかからないの?」
「それは…」
「まぁ、全部が全部、運じゃない。自業自得から宿命と呼ばれる面倒なしらがみの場合もあるけどね、君達に限っては完全に運。あ、君だけは違うか」
「え?」
「あの時、教室を出ていたでしょ。その分、術の拘束が甘くなってたんだ。だから帰るように言ったんだ。あの時帰っていれば巻き込まれずに済んだのに」
「…そんなのわかる訳ないじゃない」
「まぁ、そう言われるのは慣れてるけど。一応、善意の忠告ってヤツだったんだけどね」
「もういいっ、どうやったら、みんなとここをでられるのっ」

 少年は一瞬押し黙った。

「どうしたのよっ」
「単に出るだけなら、術者に虚数空間を解除させるか、術者そのものを術の維持不能状態にしてしまえばいい。だけど、みんなと出る事。それは無理だよ」
「どうして?!」

 いつのまにか教室の前に来ていた。
 少年は戸を全開に引く。

「手遅れだからだよ」
「ひっ!!!」

 肉塊、そう表現せざるを得なかった。
 すでにどれがだれのパーツかすらわからない。
 喉を胃液が逆流して口の中に広がる。
 嘔吐した内容物は金網の床をすりぬけて地面へと落ちていく。

「さて、いくよ」
「ゲホッ、い、いくってどこへ」
「前回の術の起点」
「え?」

 少年はすたすたと隣の空き教室に入っていく。
 美晴は少年に続いて入る。

「ここが?」
「この学校じゃ、学年が変わっても校舎の階数は変わらないんだろう?」
「うん、去年も3階だった」
「その時、クラスはいくつだった?」
「それは13クラ…ス」

 言われて初めて気付いた。
 今の2年生は12クラス。
 1年生の時の残り1クラスは?

「これが消える教室さ、明日には11クラスになってるよ」
「まってよ、おかしいよ。だってもう学校から帰っている人がいるのに。自分のクラスがなくなったら気付くでしょ」
「なくならないよ」
「え?」
「難を逃れた運の良い生徒は残ったクラスに割り振られるのさ、記憶も改ざんされる。故に消える教室を知るものは誰もいない」
「でもっ、噂が。じゃ、なんで噂になってたのよ」
「流したからさ。今回の件の張本人が」
「何の為に」
「噂自体が目的を指してるじゃないか。生贄の儀式だって。物を語ると書いてモノガタリと読む。噂だろうとなんだろうと、不特定多数で生贄の儀式という物を語ればそれだけで力になる」
「うそでしょ、そんなの。ただ噂してただけじゃないの」
「もちろん、噂だけで何かが起きるのはレアケースさ。あくまで今回は術者が生贄を効率よく供給する為に噂を広めたに過ぎない。さて」

 少年は教室の奥の壁に手の平をあてる。
 そこは美晴の教室からみれば黒板の裏側だ。

「黒板にさ、何か書いてなかった?」
「なにか、へんな図形書いてあったけど」
「それだけじゃないよ。たぶん見えないように透明なものか黒板と同じ色の塗料で君達全員の名前が書いてあったはずだよ」

 言われて、思い出した。
 それを書いたのは──

「さて、こちらの物語も一気に終盤にさせてもらおうか」

 少年は力をこめるように重心を下げた。

「来たれ、クサリヘビ」

 瞬間、どこからともなく現れた一条の鎖が壁を縫うように教室奥の壁を貫いては、再び壁を貫いて戻ってくる。
 それは壁一面を穴だらけにするまで続いた。
 鎖が消えた後、穴だらけの壁はまるで溶けるように崩れていった。

「起点を潰したんだ。慌てて術者が駆けつけて来るだろう。さて、残り時間は少ないけど、君には決断してもらわないといけない事がある」
「け、決断?」
「もののついでに君を助けたけど、本来は勘定にはいっていないんだ。今回の僕はあくまで内輪で手に負えなくなったやっかいモノの処分に来ただけだ。相応の対価と引き換えにね」
「わ、私にもその対価を払えと?」
「まぁ、ついででここまで助けたんだ。最後まで面倒は見るさ。だけど、全てが終った後、君は全てを背負って生きるかい? もし、望むなら君の記憶から今回の事はなかった事にしてあげてもいいよ」
「ノーよ」

 美晴は即答した。

「そんなに親しい友達じゃない人もいた。正直、嫌いな人もいた。でも、でもこんな死にかたをしてそれを誰も覚えてもらえないなんて悲しすぎる」
「OK」

 少年は奥の壁から離れて、教室正面の黒板から美晴を背に庇うように立った。

「でも、辛くなったら、願うがいいさ。僕の主は決して君の祈り願う心を見逃さないだろう」

 そして、少年は床に両手をついた。

「いるよ。向こう側に。今回の元凶がね」

 そして、言葉を発した。

「来たれ、シロウサギ!」

 少年の両手の間から一匹の白兎が飛び出し、一直線に黒板に向かっていく。
 白兎が跳躍し黒板に接触した瞬間、壁ごと黒板が消し飛んだ。






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