空を望む−02page
「ヒュー…」
キラの真上から横へ、彼女よりやや年上といった外見の少年が降ってきた。
スイや後輩達と同じように二の腕に腕輪をしているが刻まれている模様が違った。絡みつく二重の螺旋。
「な、なにしにきたんですの」
「何って仕事だよ。決まってるだろ」
唐突な登場に思わずつっかえながら問うスイに対して即答する。
「この辺りは俺の担当でもあるんだ。よっと」
腕を振るうと途端に一陣の突風が流れさっていく。
急な風にスイや後輩達が小さな悲鳴を上げる。
「この辺りに風を吹かす事。それがおれの《風守》としての仕事だ。だから、俺がここにいてもなんの不思議もない」
《風守》。それは風を運ぶ大地に属した精霊の呼び名だ。
スイは風に乱れた髪を手で丁寧に整えてから、やや恨みがましい目つきで彼を見る。
「それは知ってますけど、わざわざ説明するのに実演までしなくてもいいんではなくて?」
「ははっ、悪い悪い。だけど、後ろにいる子達とは顔を会わせた事なかっただろ? ちょっと荒っぽい自己紹介だと思ってくれ」
「出来れば自己紹介は荒っぽくしないで頂きたいですけど」
嘆息してスイはキラへと目を向ける。
「いつもいつも彼に庇ってもらって良いですわね。でも、そんな事ではいつまでたっても地面を駆け回っているだけですわよ」
言ってから後ろの後輩に目で合図を送り、自分自身も空へと上がっていく。
「なんだ、もう行くのかよ」
「あなたとはじっくり語り合いたいですけど、お邪魔虫がいますから。二人っきりの機会があったらお願いしますわね」
「機会があったらな」
頬を掻きながらの返事に、彼女は不満そうに頬を膨らませながら空へと消えた。
「しかし、毎度毎度。暇なのかね、《星詠》の役目ってのは」
「それはあなたも同じでしょ?」
「ひでぇな。一応、仕事中だぞ」
「ここはあなたの担当じゃないでしょ?」
「…なんだ、知ってたのか」
「前にスイに絡まれてた時に言ってたじゃない。ほら、向こうがそうなんでしょ?」
キラの指差す方を見つめて、ヒューの頬を掻く手が頭へと移る。
「そんな事言ったかな? でも、その割には彼女は気付いてなかったんじゃないか?」
「スイは地に属する精霊の役目には興味ないから。それに担当地区の広さをわたしと同等くらいに考えてると思うの」
「お前ってやたら担当地区広いからな」
「…長くやってれば担当地区も広くさせられるわよ」
キラの言い様にヒューは顔をしかめる。
「拗ねるなよ。彼女に言われるのは毎度の事だろ?」
「別に拗ねてないわよ。…それにスイの言ってる事ってある意味じゃ間違ってないし」
「それが拗ねてるって言うんじゃないのか?」
「彼女が何を言いかけていたか…あなたにも分ってるでしょ?」
勿論、分っている。彼はそれを言わせない為に割って入ったのだから。
『だって、あなたは――《星詠》の子じゃないんですもの』
「わたしは母さんに拾われた子。本当は何の精霊の子なのか分らないんだから」
「俺だって《風守》の生まれじゃない。《星詠》の里の出だぜ」
「《風守》は大地に属してるといっても、その中でもっとも天に近い精霊じゃない。だけど、わたしは自分が何の精霊の子であるかすら知らない。ひょっとしたら、天からずっと遠い精霊かもしれない。ううん、きっとそうよ」
ヒューは言葉に迷った。
彼女の言葉を否定できなかったからだ。
そう、キラの生まれがなんであるか彼女自身を含めて誰も知らないのだ。
《星詠》の子ではなくても《星詠》になる事は出来るが、生まれ持った属が遠くなるにつれて役目を得るのが難しくなっていく。
「だったら、《星詠》を諦めたらどうだよ。前に言っただろ? その気があるなら他の役目を紹介するって。大地に属する精霊は横のつながりが強いんだ、《火守》や《水守》なら直接の知り合いがいるしな」
「いいわよ、だってそれだってわたしに向いているとは限らないじゃない。ただでさえわたしは余分に時間をかけてるのに、今から一から始めるなんて…」
お手上げと言わんばかりにヒューは肩を竦めた。
「ああ、もう勝手にしろよ。まったく」
「わたしの事はいいから仕事してよね」
「はいはい。俺が悪かったよ」
呆れたように言ってヒューは風を巻いて飛び去っていった。
「仕方ないじゃない。母さんと約束したんだから」
小さく呟いて、言葉を飲み込むようにあごを引く。
『いつか一緒に空を飛びましょう』
そう言った母はもういない。もう一緒に空を飛ぶという約束は永遠には叶わないけど。
「だから、せめて《星詠》になるって約束だけでも…」
叶えたい。
もうすぐ夜が明ける。
恐らく最後になるだろう、堕ちた星を拾って微かに浮いた汗を拭う。
そろそろ戻らなければ。
「初めは多かったけど、結局最終的には帳尻はあったね」
ずっしりと重い布袋を担ぎ、さて帰ろうかと思った時、彼女の視界に奇妙なものが映った。
「なにあれ?」
目を凝らす。
まるでそこに星が堕ちたように大地が微かな輝きを発している。
だが、この辺りに堕ちた星は一つだけのはずで、それはキラがすでに回収している。
「もしかして、他にも星が堕ちてたのを見逃した?」
自分の感覚に自信を持っていたキラは内心冷や汗をかく。
《屑星拾い》になってから、星が地面に衝突した時に発する振動を見逃した事は一度もないのだが、もしもあの光っているのが星だったら今までの自信が脆く崩れ去る事になる。
「でも、どこか光り方が違うような気も…」
どさっと布袋を放り出して近寄ってみる。
星ではなかった。もしも星なら地面が抉れているはずだからだ。
平らな地面の上に何かが落ちている。
「なんだろ、これ?」
拾い上げてみる。
それは首飾りだった。先端についている飾りから発する光が鎖を伝ってキラの手に触れる。
しばらく考えてから胸元のポケットを探る。
ポケットから目的のものを取り出して、見比べてみる。
「違うか…」
左手に拾った首飾り、右手にはポケットから取り出した首飾り。
片や淡い光に包まれ、片や錆が浮いてお世辞にも奇麗とは言い難い。
鎖の形は似通っていたが、付けられた鎖の先端が違う。
光りを発するそれは半円に鋭角な三角が突き刺さっている。錆の浮いている方は半円に小さな三角がいくつもくっ付いている。
ため息をついて、彼女はその両方をポケットに収める。
「誰か落としたのかな?」
どう考えても人間の手によるものではないだろう。彼等はいまだに炎以外の方法で明かりを作り出す術を持たないのだ。
だが、かといっていったいどんな精霊がこんなものを持っていたのか? 《星詠》の里では見た事も聞いた事もないので、《星詠》や《屑星拾い》ではないだろう。
だが、そうなると探しようがない。
キラは他の精霊の里にはいった事がないし、《星詠》を含め空に属する精霊達は他の精霊との交流があまりない。
「あ、ヒューがいたか。今度あった時に聞いてみようかな?」
仕方がないので布袋を拾い直した。
もうすぐ夜が明ける。
《星詠》と《屑星拾い》の役目は朝日と共に終わるのだ。
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