空を望む−04page
大地に微かに響く振動。
一つ、二つ、三つ……
「今日も多いなぁ」
落ちたのはどれも同じ方向。それも密集して落ちたらしい。
恐らくは星座を成していたものがまとめて落ちたのだろう。
「ちゃんと選んでいるのかなぁ。未成熟とか熟しすぎのを運んでるんじ
ゃないよね?」
無論、《星詠》ともあろう精霊がそんなミスを犯すなどとはキラも本気で思っていた訳じゃなかったが、ここのところ堕ちる星が多いのには閉口していた。
夜空を見上げれば、天を翔ける《星詠》達の姿。いつものようにため息を一つついてから駆け出した。
足音も立てず、足跡も残さず。そんな事が出来るのは《星詠》の里ではキラぐらいしかいない。
「こんな事が出来ても仕方ないのにね」
呟きは、後ろへと流れゆく大気にかき消される。
どれだけ望んでもあの星空へは届かないのだろうか?
憧れだけは常に空へとあるのに。
「馬鹿っ、弱気になっちゃだめっ」
沈みゆく気持ちを頭を振って追い払う。
今は仕事の事だけを考えよう。
堕ちたらしい場所が見えた。が、少し何かが変だった。
「なんであんなに?」
怪訝そうに彼女は首を傾げた。
明るすぎるのだ。
堕ちた星が光を微かに残しているのはままある事だ。
だが、これはそんなものとは違う。
まばゆいばかりの光の空間。
人間が見れば目を灼くだろう。
「もしかして、本当に未成熟な星を運んだ?」
もしそうならとんでもないミスだ。
絶対ない事ではないのだが、厳罰クラスだ。
だが、恐る々々近づいてみるとさらに訳が分らなくなって頭を抱えた。
それは未成熟でもなんでもなく、ごく普通の星だった。
「なんでこんなのが堕ちてくるの?」
光をほとんど失ったというならともかく、どう考えてもこれは堕ちるような星ではなかった。しかも、三つも。
尋常ではない。
「もしかして何か事故でもあったの?」
星を運んでいた《星詠》に何かあったとか。
それならこれも理解出来る。
もし、そうだとしたら一刻も早く里に知らせる必要がある。
「急いでみんなに知らせなきゃ」
「それには及びませんわ」
少し離れたところにある古い木の後ろからスイが姿を現した。
キラは眉を潜める。
彼女がこの星を堕としたのだろうか?
いや、それならとっくに運び去っているだろう。
「どういう事?」
「こういう事ですわ」
澄んだ音が鳴り響いた。
スイが指で証を弾いた瞬間に木の影、岩の影から《星詠》の証を身につけた精霊が次々と姿を現す。全員、スイの取り巻きだ。
ただ、いつもと違うのはスイの背後に固まっているのではなくて、まるでキラを取り囲むように左右に、背後に、等間隔に距離を空けている事だ。
「な、なんのつもりよ」
「いえ、こちらから出向くとまた逃げられるのがオチですから、そちらから出向いてもらっただけですわ」
そういうスイの視線はキラの胸元へと向けられている。そこには…。
反射的にそこを押さえてキラはキッと睨み付けた。
「これの為に大切な役目を放棄したっていうのっ!」
「放棄? とんでもない。ちょっとばかり寄り道をしただけですわ。星はちゃんと空へ届けますわ。もちろん、用が済んでからですけど」
やっぱりっ!
キラは歯噛みした。彼女達はキラをここに誘き寄せる為だけにわざと星を堕としたのだ。
改めて見渡せば、ここは背の高い木々の並ぶ林の中。木がそれほど密集していないとはいえ、全力で走り抜けるというわけにはいかない。
だが、それは彼女達も同じ事。木々が邪魔で自由に飛ぶ事など出来ないだろう。だったら囲まれているとはいえなんとかなりそうな気がする。
胸元に当てた手に力が入る。
微かに金属が擦れる音を立てる。
渡せないという感情の2割、いや1割が落し主に返えさなければならないという義務感なら、残りはただの意地。ここまでされると割りに合わない気もするが、スイの勝ち誇ったような表情を見るとそんな打算的な感情はあっさりと敗北する。
「さて、渡して頂けますわね?」
「だめに決まっているでしょ」
「あら、そうですの。落ち零れのくせに聞き分けのない…。では、皆さん」
もう一度、澄んだ音が鳴り響く。と同時にスイを除いた取り囲む《星詠》達がいっせいに動き出した。
捕まる前にと一番突破が楽そうな《星詠》めがけて走り出すキラ。
一つ二つと伸びる腕をかいくぐり隙間を縫うよりに駆ける。拍子抜けするほどあっさりと包囲を抜けた。
だが、気を抜いたのがいけなかった。
ふいに何かが足に絡みついた。
(なっ、なにっ!?)
それは蔦だった。巧妙に背の高い雑草に隠されて、両端は木に結ばれている。
スイは星を堕としただけでなく、あらかじめ罠まで用意してあったのだ。
一度つんのめって宙を舞ったキラはそのまま背中から落下するという選択肢しかなかった。
勢いがつきすぎて何度も地面をバウンドしてそのまま減速する事なく木に激突する。
「っ!!」
小さく悲鳴を上げる。一瞬、痛みで呼吸が出来なかった。
それでもすぐさま地面に手をついて立ちあがろうとしたところは驚嘆に値したが、だがそこまでだった。
地面についた手を取られて体を地面に押し付けられる。
何人分もの体重をかけられては抵抗など出来るはずもない。それどころか、それぞれが思い思いに体重をかけているので安定が悪くバランスが崩れそうになり、反射的に体勢を整えようとする事で無理な力がかかり体が軋みをあげる。
「手間をかけさせないでもらえます? 私達には仕事があるのですから」
キラの目が地面にむかって手を伸ばすスイの姿を捉える。
そして、彼女が拾い上げたものを見てハッと胸元に意識を集中する。
手を押さえられているので確かめようがないが、そこにあったはずの首飾りの感触が感じられない。
先程、転んだ時に落としたに違いない。いくらなんでもあの首飾りの放つ光は見間違いようがないからだ。
喜色を浮かべるスイに悔しさを抑え切れなくなって顔を伏せる。
だが、わざとらしい驚きの声に再び顔を上げる。
「あら。これは何かしら」
スイは両手に首飾りを持っている。
片方は淡い光に包まれた、キラが拾ったもの。
片方は錆の浮いた、キラが元々持っていたもの。
「あ…」
漏れた声は言葉にならなかった。
同じ所に入れていたのだから、両方とも落ちていても不思議ではない。
「かえ…して」
拾ったほうは悔しいが我慢できる。だが、もう一つは駄目だ。
あれはキラの生まれを辿るための唯一のもの。いままでの生の中で常に共にあったものなのだ。
「返えして。それを返えしてっ」
「あら、そんなに大事なものを落としてはだめですわ」
くすくすと笑いながら、手でそれを弄ぶ。が、すぐに飽きたのかつまらなそうに指先にかけてこれ見よがしに軽くゆする。
「そうですわね。こんなもの私が持っててもしかたありませんから…」
ホッとしたようなキラの表情。
それを見てまるでいい事を思いついたとでも言う風ににっこりと微笑むスイ。
「捨ててしまいましょう」
「…え?」
言われた事が理解出来ず、きょとんとした顔で彼女の顔を見詰めるキラ。
「こんな薄汚いものはゴミでしかありませんもの」
我に返ったキラは取り巻きに押さえられながらもそれを取り返そうともがく。
だが、いくらがんばっても一寸も前へと進めない。
「素直に渡していれば、勘弁してあげましたのにね」
クスクスと笑ったのはスイか、それとも取り巻きの誰かだったのか。
キラはただ必死に叫ぶ。
「返えしてよぉっ!!」
© 2009 覚書(赤砂多菜) All right reserved