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空を望む−05page







「いい加減にしとけよ。お前等」

 錆びた首飾りを持った方の腕ががっちりと掴まれる。
 ぎょっ、と狼狽した表情でスイが振り向くと厳しい顔をしたヒューがそこにいた。

「キャッ!」

 腕に込められた力に彼女は悲鳴を上げる。耐え切れなくなってその手から零れ落ちる首飾り。
 だが、地面に落ちる前に不可思議な突風が首飾りを宙へと押し上げ、それはヒューの手の平に収まった。

「そっちも渡せよ」
「な、なんでですのっ。これはっ」
「口で言ってるうちに渡しとけよ」

 紛れもなく、本気の口調に気圧されたようにしぶしぶともう一つの首飾りを渡す。

「そっちもそいつから離れろよ。言う事聞かないようだったら、無理矢理引き離すぞ」

 取り巻き達は慌ててキラから離れる。それはまるで明かりに群がる蝶の近くで手を鳴らしたような有り様だった。

「…で、何やってるんだ?」
「あなたには関係のない事でしょう」

 取り巻き達に目で合図して、引き上げようとする。が、ヒューはそれを許さなかった。

「これはもはやちょっとした口論とかそういったレベルじゃないだろ。そっちが説明する気がないなら、俺から直接そっちの里長に報告入れておくぞ」

 険のある目つきでスイが振り返る。

「落ち零れに身の程を教えてあげているだけですわ」
「…確かにこいつは落ち零れなのかも知れないさ。だけど、それこそお前に関係のない話だろ。こいつが何かお前等に迷惑でもかけたか?」
「迷惑…ですって?」

 はき捨てるように言って横目でキラを見る。

「迷惑も何も存在自体が邪魔です。私達、《星詠》全体にとってね」
「…え?」

 掠れた声を上げるキラ。

「いいこと? 《屑星拾い》になってから彼女はすでに八つの季節を巡ってますわ。この事の意味がお判り? 前代未聞どころの話ではないわ、《星詠》だけでなくあらゆる役目においてそんな話は聞いた事がない」
「それは…そうだけどな。だけど」
「だけどなんですか? 迷惑をかけたかと聞きましたわね。では、お聞きしますが《風守》の里で彼女の事を知っている精霊がどれほどいます? あなた一人だけ?」
「………」
「違いますよね? 《風守》だけじゃなくこの近隣のあらゆる里で彼女の事は知れ渡っている、希に見る不出来な精霊だと。彼女が《星詠》を目指す事が、いえ、《星詠》の里に存在する事自体が恥なのよ」
「だったらこいつにどうしろって言うんだ。努力をしなかった訳じゃないだろ」
「届かない努力になんの意味がありますの? 他に道がなかったとは言わせませんわ。少なくとも《星詠》以外に向いている役目は必ずあったはず。彼女はそれを探しすらせずに《星詠》に固執した…周りの迷惑も考えずにね」

 ふんっと鼻を鳴らし、スイは身を翻す。

「もうよろしくて? 気がすんだのならもう行きますわ。仕事もありますしね」
「…ああ、いけよ」
「それでは、ごきげんよう」

 勝ち誇ったように彼女達は飛び去っていく。
 キラは俯いたまま顔を上げない。
 ヒューは彼女の手を取って、錆びた方の首飾りを彼女の手に握らせる。

「…ありがとう」
「いいさ。で、こっちの方はどうしたんだ?」

 ヒューは光を放つ方の首飾りを手で弄びながら聞いた。

「これ、《月詠》の証だろ?」
「…知ってるんだ」
「以前に見た事あったからな。なんでこんなものを持ってるんだ?」
「拾ったの」

 なんとはなしにヒューはスイ達が飛び去ったほうを見た。

「さしずめ、あいつらは物珍しさからこれを奪い取りにきたって所か」

 呆れたように肩を竦める。そして、《月詠》の証もキラに握らせる。

「ねぇ、ヒュー」
「ん?」
「わたしが《星詠》を…空を目指すのってみんなの迷惑なのかな?」

 ヒューは刹那の間、返答に迷った。違うと即答出来るほど彼は自分を偽れなかった。
 いままで何度も他の役目を勧めてきたこともあり、うかつな事は言えなかった。

「迷惑だって言ってるのはあいつらだけだろうよ」
「言ってるは…か。思っているのはどんなにいるのかな」
「………」
「約束したのにな…母さんと。でも、こんなに難しい約束になるなんて思わなかった」

 空をかすめるように光が尾を引いて地へと消える。
 また、新たな星た堕ちたのだ。

「仕事に…戻るね」
「お、おい?」

 とぼとぼと歩く彼女に不安を感じてヒューは思わず呼び止める。だが、キラは一度は立ち止まったもののそのまま振り返らずに駆け出していった。
 あっという間に消え去るその背に向かって彼は呟く。

「馬鹿野郎…」

 それは誰に対しての言葉だったのか。
 知るものはどこにもいない。





 太陽が頂点より少し下り始める頃。
 人間達の住む村から少し離れた丘に二人の精霊が降り立った。

「ここでいいのか?」
「うん、ありがとう」

 小高い丘に降りたキラはここまで連れてきてもらった《星詠》に礼を言う。
 怪訝な表情のまま彼は尋ねる。

「何もこんな時間から地上に降りる事もないだろ? なんでわざわざ昼間に…何か忘れ物でもしたのか?」
「ううん。ただの気分転換だから」
「そうか? まぁ、いいが。確認するけど迎えに来なくていいんだな?」
「うん、このまま夜までいて仕事に入るから」
「じゃ、俺は戻るからな」
「ごめんね、勝手言って」
「気にすんな。同期のよしみだ…て、悪りぃ」

 キラが表情を曇らせたを見て《星詠》は少し慌てる。キラと同時期に《屑星拾い》になった彼は彼女の事を良く知っている。故に自分の浅はかな発言を呪った。
 キラは顔を伏せて小さく横に首を振る。

「気にしなくていいよ」
「本当にすまん。じゃ、な」

 気まずい雰囲気から逃げるように《星詠》は飛び去った。
 キラはそれを見届けてから、下方を見下ろす。
 そこはよく《星詠》の里から見下ろしていた村だ。
 乾いた土に腰を下ろしてじっと様子を眺める。
 昼間は人間達にとって働く時間。今も多くの村人が農作業に精を出している。村に残った老人達は藁を編み、小さな子供達は汚れた衣服を洗って干している。
 ふいに突風が吹いて、干していた洗濯物のいくつかが宙へと舞い上がる。子供達は驚いてそれを追いかけるが、数歩も動かないうちに勢いを無くした風に興味を失ったがごとく降ってきた洗濯物に頭を覆われて次々と転んでいく。
 それを見た老人達や他の子供が笑い声を上げて、転んだ当人達は照れ隠しに騒ぎたてる。
 人間達は気付かない。それが悪戯な《風守》の仕業だと。
 大地に属する精霊達は人間と共にある。
 風だけではなく、火と大地には《火守》が、水の流れには《水守》が。人間が気付かないだけで数多の精霊達が地上を巡っている。
 先程の《風守》のような罪のない悪戯をするものもたまにいるが、ほとんどが己に課せられた役目を誇りを持ってこなしている。
 ああいう風になれるのだろうか?
 キラは自問する。
 もしも、《星詠》の道を諦めるのならあの中へと入れるのだろうか?
 見上げれば青空。夜と違って星は見えない。

「ここがわたしの場所なの?」

 その答はどこにもない。





 彼方の空からキラを見下ろす一対の瞳。
 ヒューである。
 《風守》の仕事は《星詠》と違って昼も夜もないが、そのかわりどの時間帯を受け持つかは当番制になっている。
 彼の本来の受け持ちは夜がほとんどだが、今回はたまたま受け持ちの《風守》が遠く離れた別の《風守》の里へ伝令書を届けに行っており、その空いた仕事を代わりに受け持ったのだ。
 そして、偶然村を見つめているキラを見つけたのだ。
 声をかけるべきかどうか。
 今彼女が何を考えているか予想がつくだけに、躊躇ってしまう。
 ヒューには彼女の悩みを理解は出来ても、共感する事は出来ない。
 なぜなら、彼は《星詠》になりたかったわけでもなければ、《星詠》になれなかったわけでもない。
 ただ、《風守》になりたかっただけ。《風守》になれてしまっただけ。
 だからどれだけ彼女の為を思っての言葉であっても、それは同情でしかない。
 そして、彼女が今必要としているのはそんなものではないだろう。
 結局、ヒューはただ彼女を見つめているしかなかった。
 誰よりも《星詠》の才能がない故に誰よりも努力をした《屑星拾い》。
 他の《屑星拾い》とは比較にならない広大な土地を担当しているのはその結果なのだとヒューは知っている。
 その事実に対して尊敬の念すら抱かせる彼女に、かける言葉が見つからないのがこのうえなくやるせなかった。






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