鉄仮面魔法少女まりん−04page
そして、放課後。
さめざめと涙で机を濡らす真鈴の姿があった。
「しっかし、チャレンジャーだな、真鈴。この学校の自称総番ですら、あの先生の受業は真面目に受けてるってのによ」
「ううっ、ほっといてよ」
篠原への攻撃が飛ばないあたり、かなり傷は深い。
「一週間で全教科の教科書丸写しってなんなのさっ。意味ないじゃないっ」
「まぁ、先生も単なるイヤガラセって公言してたわね」
「それが教師の言葉かぁ!!」
「言ってもしかたないでしょ。それに寝るほうも悪いし」
「そーそー」
「ううっ、ぐすっ」
もはや、言葉もない。
「香厘ぃ、お願い」
「手伝ってって話ならパス」
「薄情ものぉ」
「何とでもおっしゃい。私は今、ゲームで忙しいの」
「あ、江武原。お前、あれ買ったのか?」
「当然。予約してたから売り切れの心配なく買えたわよ」
意味がわからなかった真鈴は二人に聞いた。
「ゲームって?」
「知らないのか? 昨日発売の」
「あーっ!! あれの事!?」
昨日がネット対戦ゲームの中でも人気シリーズ、その最新版の発売日であった事を思い出す。
「うそっ、香厘、買ったの。あぁっ、もしかして昨日の用事って」
「そうよ。ソフトの受取にいってたの」
「うわぁ、ずるいずるいっ。あたしなんて予約すら打ち切られたのにっ」
「先手必勝。機を制するものは勝負を制するのよ」
「あたしもやりたいっ」
「別にいいわよ。でも、いいの? 宿題は」
香厘に一瞬忘れかけた事を突かれて、うっと詰まる。
そう、真鈴には心優しい教師から大量の贈り物が…。
熟考する事、約10秒。
「いいから、いくっ」
「…諦めたの?」
「今晩からがんばるっ」
こぶしをぎゅっと握り締めて宣言する真鈴を見て篠原は評する。
「まるで、小学生の夏休みの宿題状態だな」
また明日、また明日で引き伸ばして結局夏休み最終日に必死になるハメになる。
ちなみに真鈴もそのクチだ。
「あんたは黙ってなっ」
高く振り上げられたかかとが哀れな犠牲者の脳天に突き刺さる。
声もなく昏倒する
スカートでやるような技ではないが、犠牲者には中を覗く暇もなかったはずだ。
「うしっ」
とりあえず、今この時だけはさっきまでの不幸を忘れられたようである。
あくまで今この時だけの話ではあるが。
帰宅したのはいつもよりかなり遅かった。
「うっわー。すっかり遅くなっちゃった。やばいやばい」
手早く冷蔵庫の中身を確認する。
買い物に行く時間もちょっと厳しいが、幸い冷蔵庫のストックと残りもので夕食は形になる。
「はー、すっかり香厘のところでゲームに夢中になってたからなぁ。再入荷したら今度こそ買わなきゃ」
さっきまでの楽しかった時間に思いを巡らせながら、着替えるために二階に上がる。
今の真鈴は楽しい事で頭が一杯だった。
だから、ドアを開けた瞬間に目に入ったそれは完全に不意打ちだった。
「…え?」
それは当たり前のようにそこにあった。
机の上。
夕日を受けて赤く々々輝く鉄仮面。
まるで今朝から置きっぱなしであったかのごとくそこにある。
「う、あ…なんで?」
言葉が上手く出てこない。何も思い浮かばない。
ただ、そこにあると言う事実が重くのしかかる。
「どうしよう」
言っても仕方がない。
捨てても戻ってきたのだ。
なら、どうしようもないのでは?
「どうしよう、どうしよう」
完全に混乱していた。
部屋の外へ出ようとして、また戻ってくる。
繰り返し繰り返し意味のない行動を反復する。
それは玄関の戸を開く音によってようやくうち破られた。
「ただいまー」
その声にようやく繰り返しの呪縛から解き放たれる。
だが、依然として鉄仮面がそこにある事実は変わらない。
「御飯つくらなきゃ」
多少フラついてはいたが、ショックを振り切るように頭を振ってダイニングへと降りていった。
そして、夕食が終わった後、自室に戻った真鈴は机に座って鉄仮面と向かい合っていた。
どことなく異様な光景だったが、真鈴にそれを気にしている余裕はない。
「また捨てても…戻ってくるんだろうな」
溜息をつきながら手にとった。
ひんやりしているそれは、真鈴の吐息でうっすらと曇る。
改めて良く見てみる。
女性の顔を模した鉄仮面。表情は無表情という表現がぴったりな感じで、目は開いているが着色されていないので白目だけいった感じでかなり不気味に思える。
留め金や、紐の類がついていないので被る事を前提に作られたものではなく、純粋に美術品なのかも知れない。
金属製なのでやはり高価なものなのかも知れない。ラッキーなどとはとても思えなかったが。
それよりも真鈴が気になったのは、
「なんか軽い…かな」
金属製でそれなりに厚みがあるにもかかわらず、見た目よりも軽かった。
…最初に拾った時にはもう少し重いように感じたのだが。
首を傾げながらもしげしげと見つめる。
「本当になんなんだろ。呪われてるって訳? これって。あんたも黙って戻って来るんじゃなくて、言いたい事があるんならなんとか言いなさいっ」
相当に無茶を言っている。
一介の仮面が喋るのなら、夜店のお面屋などはさぞやかましいだろう。
「はぁ…、ではお言葉に甘えて」
…どうやら、お面屋のお面が単に無口なだけだったらしい。
当たり前に鉄仮面は返事した。
落ち着いた女性の声だった。
「………」
「あの…もしもし?」
「………」
「どうなされました?」
呼びかける鉄仮面。固まったままの真鈴。
完全に生物と非生物の関係が入れ替わっていた。
「あ、あの、大丈夫でしょうか?」
鉄仮面の声がだんだんとオロオロとした調子になってくる。
それが人間だったら周りの人間(野郎限定)が放っておかないだろうという位に思わず手を差し伸べたくなる声だ。
「聞こえてますでしょうか? 真鈴さん」
名前を呼ばれた事がスイッチになった。
瞬間、真鈴の意識が許容限界を越えた。
「ギニャァァァァァッ!!!!!!」
猫のしっぽを踏んづけたような悲鳴が家屋全体を揺さぶる。
ドタドタドタドタッ
「真鈴っ! 今の声はなんだっ!!」
さすがに聞き逃せるレベルじゃなかったのか、父親がノックなしでドアを開けて突入してくる。
しかし、もう少し心に余裕を持つべきだった。
風呂に入っていたからだろうが、下着すら着用していない状態で年頃の娘の部屋に突撃をかけるのはどうか。
すでに限界を越えていた真鈴の意識は、現実世界を越えたヤバげな世界にリーチをかけていた。もう一押しすれば、ツモ一発に裏ドラまで乗りそうである。
「とっととでてけぇぇぇぇっ!!」
「ギニャーッ!」
娘と同じ悲鳴をあげて廊下まで蹴り飛ばされる。
「な、なにするんだっ。ボクは心配して」
「ご託はイイからさっさと服きろっ」
トルネード投法で投げつけられた枕が父親の顔面に直撃し、パタンッとドアが閉められる。
「ひ、酷いっ。娘がいじめる…」
背中に哀愁を漂わせつつ、廊下にのの字をを書く父。
哀れであった。
だが、その前に服を着るべきである。
一方、真鈴の部屋では緊迫した空気が充満していた。
「で、なんな訳? あんた」
ジト目で手にした鉄仮面を睨み付ける。
「はい。初めましてになるかどうか分かりませんが…。マリンと申します」
やけに丁寧な返事が返ってきたが、すでに何かのゲージがMAX状態に入っている真鈴には一滴の鎮静剤にすらならない。
「…で? その鉄仮面のマリンさんはいったい”何物”な訳?」
「”何者”ですか?」
恐らくは首を傾げているようなニュアンスで彼女は呟いた。
「そうですね。私はあるものを守り監視する為に作られたマジックアイテムです」
返ってきた返答は思わず卓袱台をひっくり返したくなるようなものだった。
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