鉄仮面魔法少女まりん−06page
硬直した時間は約1分ほどで済んだ。
ため息と思わしき深い呼吸音ともにマリンが折れた。
「分りました。その事については諦めます」
諦めると言った割には、未練が濃厚に漂っていたが。
「そうですね。今までもあれだけ交渉して無駄だった訳ですし、いまさらですよね」
まるで手があったらのの字を書いていただろうと思わせる恨めしい声。
だが、そんな事よりも真鈴はマリンの言い様の方が気になった。
「今まで? あれだけ? あんたと話すのはさっきが始めてでしょ?」
「現実世界ではそうですが、夢を介して何度か交渉はさせて頂きました。…全部、無駄に終わっちゃいましたけど」
最後はやっぱり怨みがましい。
だが、それをぶっちぎりで上回る怨みオーラを纏う真鈴の姿がそこにあった。
「あー。そーゆー事? あっはっはっは」
「え? え? え? あ、あの。なんですか、その晴れやかかつ獰猛な笑顔は」
「いやー。そうかそうか。あのタコに大量のお土産もらったのってあんたのせいかぁ。あっはっは、まいったなぁ」
「…えーと、もしもし真鈴さん。聞こえてますでしょうか?」
「そうなんだ。あ・ん・たのせいであたしは地獄を見たのかぁ」
正確にはまだ大量の宿題には手をつけてないのでこれから地獄を見るのであるが。
「い、いや。あの…。私は交渉しただけで…。そもそも授業中に寝る方が悪いのではないかと」
至極正論であった。
「うるさいっ。退屈な授業なんて寝るためにあるのよっ」
こっちは学生にのみ通じる論理であった。
真鈴は鉄仮面をむんずと掴んでガラッと窓を開けた。
「こんな腐れ鉄仮面なんぞ投げ捨ててやるっ」
「うわー、止めてっ。止めて下さいっ。ここに戻ってくるの結構大変なんですよっ」
「知るかっ。てか、二度と戻ってくるなっ」
「ちょ、ちょっと、落ち着いて下さい。お願いします。大人げないですよっ…て、子供でしたね。…スタイルも」
最後に小さくぼそっと言った一言は、さんざん無茶苦茶言われた反抗心の現れだったのだろう。
しっかりと真鈴に聞こえていたが。
「ぶっころーすっ!」
「ひゃっ、やめてー、マジックで落書きしないでー!」
「二度と人前に出れない姿にしてやるっ」
「ヒゲ書いちゃいやーっ、額に『中』って書かないでーっ」
そんな騒ぎが夜中まで続いた。
カーテンの隙間から洩れる朝日の光。
伸びて床を伝わり、ベッドをはい上がり真鈴の顔にかかる頃合いに軽快なゲームサウンドが鳴り響く。
「ふぁぁぁぁ」
それは録音タイプの目覚まし時計の合図だった。
大きなあくびと共に真鈴は身を起こした。
ベッドから降りて、シャッとカーテンを開く。
外は見事な快晴だった。
「朝かー」
誰にともなく呟く。
「さわやかな朝なのになー」
誰もいないのに呟く。
「なんでこんなさわやかな朝なのにぃ」
声の語尾がちょっぴり震えている。
本当に心地よく目覚めた朝のはずなのにかなりブルーが入っている。
いや、ブルーどころか濃くなりすぎて別の色になりかかっていた。
視線は机の上。
昨日の朝と同じようにそこには朝日を受けて輝く鉄仮面。
ただ、違うのは…
「おはようございます。真鈴さん。今日も良い天気ですね」
「…気分は土砂降りよ」
頭痛を抑えるように額を押さえてマリンの挨拶に応えた。
これからの事を考えると本当に頭痛がする気がした。
「真鈴、どうしたのよ。変な顔して。体の調子でも悪いの?」
1時間目の授業終了後、朝からやけに静かな真鈴を気にかけて香厘が声をかける。
朝礼前にも声をかけたのだが、その時は声をかけてもつっついても反応せず、くすぐるとかろうじてピクッピクッと殺虫剤を大量にかけられたゴキブリのような反応を返すだけだった。
今度は反応があった。根性のないスティックチーズのようにぐでんっと机に突っ伏したまま、香厘に顔を向ける。
「なーにーよー」
「なかなかにブルーね。何かあったの?」
それは質問ではなく確認だった。
「とーくーに」
「なんでもないとか言ったら、スペシャルにくすぐるわよ」
いったいどこがどれだけスペシャルなのか聞いてみたい気もしたが、薮をつついてマングースが出る気がしたのでやめておく。
「ただ、自分の不運さと人の良さを呪ってるだけぇ」
「…いったい誰が人が良いんだよ」
聞きとがめた篠原が割って入る。
「友野辺中の女帝の噂は余所の中学まで広がってるんだぜ。ほら、例のしつこく絡んできた上級生をいびり倒した件、泣いて謝っても許さなかったって話は有名になってるぞ」
「ちょっとまてぇぇぇ、なんで他校にまでそのあだ名が広まってるのよっ」
いきなりがばっと体を起こして篠原に掴みかかる真鈴。
あまりのテンションの移り変わりにびっくりしながら、彼はとある方を指差す。
指差された香厘はあらぬ方向を向いていた。
「こぉぉりぃ。あんた、ウチだけじゃなくて余所にも噂広めてるのぉ?」
「人聞き悪いわよ。噂ってのは勝手に広がっていくものなんだから。私がしたのはせいぜい聞かれた事に対して詳細に漏れなく説明しただけよ」
「それを尾鰭をつけるって言うのよっ!」
「それって心外よ。ちゃんと事実を可能な限りありのまま伝えたわよ。特にあの嫌な先輩の涙交じりの謝罪は実演までしたんだから」
「いらんことすなーっ!!!」
何故か篠原につかみ掛かったまま、香厘につっかかる。
篠原は左右に振りまわされながら
「な? そんな状況下で人が良いなんて言っても説得力ないだろ?」
「やかましいわぁっ」
高く振り上げられた拳骨が篠原の脳天を直撃する。
「凄い凄い。完全に元気になっちゃった。篠原君って真鈴専用のビタミン剤ね」
「いらないわよ。こんなビタミン剤」
ぐりぐりとただの物体Sと化したそれを踏みにじりながら応える。
「おかげで本気でどうでも良くなったわよ。で、香厘。まだ聞きたい?」
「ううん。痛いの嫌だからいい」
「そ」
両手をこれみよがしにわきわきするのをやめて、ようやく篠原から足をどける。
再び席についてまた同じ姿勢でぐでっと机に突っ伏した。
「もうすぐチャイム鳴るわよ?」
「んー、わかってる」
足に何かがぶつかる感触。
恐らく、机の脇の取っ手に引っかけた鞄だ。
その中に仕舞ってあるものの事を考えると更に憂鬱になった。
「はぁ」
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