鉄仮面魔法少女まりん−07page






 外開きの鉄扉を開いた瞬間、突風が吹き込む。
 埃が目にはいりそうになって思わず目をつぶる。

「うっわー、掃除してるのかな」

 扉の外は屋上だった。
 真上の太陽がチリチリと肌を刺す。

「誰もいない…よね」

 キョロキョロと確認する。
 普段から鍵が開いている事を知っていたからここに来たが、同じ理由で他に人がいないとは限らない。
 だが、幸いな事に人の気配はない。
 とりあえず、閉めてから誰も入って来ないように扉にもたれかかって座る。

「ここならいいでしょ?」

 溜息混じりに言ってから持ってきた鞄に手を突っ込んであるものを取り出す。
 喋る鉄仮面、マリンである。

「私は別にどこでも構わなかったのですが」
「あんたが構わなくても、あたしが構うのっ」

 言ってから肩の力を大袈裟に抜いて

「とりあえず、ぐだぐだやってたら昼休み終わっちゃうからさっさと始めようよ」
「分りました」
「…で? どうだった?」
「私が知覚出来た範囲では一人だけです」
「えっ!? いたのっ!?」
「真鈴さんです」
「あたしはあんたを被るつもりはないって言ったでしょーがっ!!」

 せっかく力を抜いた肩にまた力がはいる。
 こめかみをぴくくっとさせながら鉄仮面に威嚇する。

「あんたがせめてヨリシロやってくれそうな人を探すのを手伝ってくれって言うから協力してあげてるんでしょうがっ。あんまり馬鹿な事をいってると、肥溜めに捨てるわよっ」
「そ、そんな殺生なっ。あなたには血も涙ないんですかっ。鬼っ、悪魔っ、人でなしっ」
「人じゃないのはあんたでしょうがっ」
「…そうでした」

 真鈴は頭痛をこらえるように、眉間を押さえる。
 昨夜はあまりにマリンがしつこく協力者探しを頼んできていい加減に眠くなってきたのでつい引き受けてしまったが、早まった選択だったかも知れない。

「そもそも、ヨリシロの条件って何よ。誰でもなれる訳じゃないわけ?」
「もちろん違います。というかそうじゃなかったら、初めからあなたにこだわる理由もなかったじゃありませんか。あの道を通りすがったのはあなただけじゃないですし」
「そりゃまぁそうだけどさ。だったらその条件って何よ。やみくもにあんたを持ち歩くよりも条件に一致しそうな人が多いところにいったほうがいいでしょ?」
「まぁ、理屈はそうなんですが。そうですね、まず第一の条件として私が見えて声が聞こえなければなりません」
「…誰でもそうじゃない」
「いいえ」
「もしかして、ふざけてる?」
「あの、出来ればそのマジックを取り出す前に最後まで聞いて頂ければありがたいのですが」
「どうぞ」
「…しまって下さらないのですね。はぁ。まず声についてですが、これは完全に聞こえる人間が限定されています。私の『声』は真鈴さん達のように大気の振動により伝わるものではなくて直接脳へ送りこんでいるのです」
「テレパシーってやつ?」
「はい。それでですね、私の使う『声』は意識してやれば誰にでも聞こえるように出来るのですが、そうでない場合はあるレベル以上の素質がなければ聞き取る事が出来ないのです」
「あるレベル以上の…素質?」
「あらゆる法則を歪め、また歪んだ法則を正す力。俗に魔術、魔法と呼ばれる類のものです」
「つまりはあんたの声が聞こえるって事はあたしにも魔法の素質があるって事よね?」
「はい、…残念ながら」
「…なんか言った?」
「い、いえっ。そ、それでですね、私の『姿』に関してなんですが。これは本来は誰にでも見えます。一応、ちゃんとした物質で出来てますし、私。ただ、あの道にいた時は簡単な目くらましの魔法を使ってまして、人の目にはなにもないように写ったはずなんです」
「これ以上ないくらい、はっきりとあんたが見えたけど?」
「だから、それが素質のある証拠です。注意深く見れば素質の有無に関わらず見る事が出来るのですが、普通の道を注意深く歩く人っていないでしょう?」
「まぁね」
「以上の理由で真鈴さんに魔法の素質がある事は確かなんです。私が必要としてるのは真鈴さんと同レベルの素質を持つ人間です。早い話が真鈴さんと同じく私を見て会話出来る人間がヨリシロとなれるのです」
「それは分かったけど…、それだったら素質がありそうな人が集まるみたいな都合の良い場所なんて探しようがないじゃない」
「そうです。だから、とりあえず家よりも人が集まる学校に連れて来てもらったのです。一応、『声』を飛ばしてはみたのですが…。校舎内は全てカバーできていたと思うのですが反応はなさそうですね」
「あたしは何にも聞こえなかったけど?」
「受業の邪魔になるといけないので真鈴さんに対してはカットする様にしておきました。それでも少しは聞こえていたんじゃないですか? 授業中、キョロキョロしてたじゃないですか」
「あ、なんか呼ばれた気がしてたんだけど。あれってあんただったの」

 道でマリンを拾った時も同じようなものだったのだろう。

「で? それが第一の条件として、他にも条件はあるんでしょ?」
「はい。次に第二の条件なのですが、第一の条件に該当する人間が女性である事です」
「…なんで?」
「率直に言えば、私のヨリシロ制御の魔法は女性用のものしかないからです」
「その魔法って女性用と男性用があるの?」
「はい、女性と男性では肉体の構造が微妙に違いますから。破壊された私専用のヨリシロが女性型だったので、当然私のヨリシロ制御は女性用のものになります」

 ふと、想像する。
 筋肉隆々な男性を模した人形がマリンを被っている姿を。
 さらにイメージが飛躍して、なぜか両手にヤカンを持ってポージングしはじめる。ワックスでも塗ったかのようにテカテカ光る筋肉が嫌だった。

「…うん、なるほど」
「あの、何か変な想像してませんか?」
「気のせいよ。で、条件はそれだけ?」
「いえ、肝心なのが残っています」
「肝心なの? なによ」
「はい、本来のヨリシロ。つまりは人形であるなら問題はないのですが、意志ある人間をヨリシロにする場合は、その人間の同意が必要なのです」
「…なるほど、そりゃ重大だわ」

 思わずくらっときてのけぞる真鈴。
 いったい誰が好き好んでこんな怪しげな仮面を被り見たこともない魔物と戦おうというのか。

「そんなもん、どう説得しろってのよ」
「とりあえず、交渉は私がしますので真鈴さんが気にする必要はないです。というよりも、まず素質のある女性が見つからないことには話にもならないですし」
「そだねー。とりあえず、この学校内では見つかりそう?」
「おそらくは無駄でしょう。可能性がゼロとまでは言いませんが、私に気付かない程度の素質ではヨリシロになっていただいたところで戦えるかどうか微妙なところですし」
「じゃぁ、次は学校以外で探すかー。帰りにあちこち歩いてみる?」
「お願いします、私自身では移動できませんから」

 言ってからふと眉をひそめる真鈴。

「移動できないって、あんた。じゃぁあたしの家にはどうやってきたの」
「魔法を使って移動しましたが…何か?」
「何かってじゃぁあんた自分で探しにいけるんじゃないの?」
「あ、そうではなくて。確かに移動するだけなら出来るのですが、それにはあらかじめ移動先に魔法で目印をつけてしておく必要があるんです」
「目印って、あんたがあたしの家なんて知ってるはずが」
「家ではありませんよ」

 言われて考える。
 答えが出るまで数秒を要した。

「もしかして…あたし?」
「はい、私はあなたの家に移動したわけでなく、あなた自体を目標として移動したのです」
「つまり、その移動する為の魔法ってのは私が目的地にいないと意味がない?」
「そうなりますね」
「結局、あんたを持ち歩かなきゃならないことにはかわりないんだね」
「協力者が見つかるまで我慢して下さい」
「はぁ、たくっ。なんの因果でこんなことになるのかなぁ」

 ぶつぶつ言いながら立ち上がって埃を払う。
 そろそろ昼休み終了の合図が鳴る頃だ。
 制服に汚れが残っていないか確認してから、校舎の中へと戻った。






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