鉄仮面魔法少女まりん−09page
「ただいまー」
キッチンで大量のモヤシを炒めている最中に父親が帰って来た。
真鈴は手を止めずに「おかえりー」とだけ応える。
やがて、ダイニングに顔を出した父親が皮鞄をダイニングテーブルの上に無造作においてのろのろとした様子で椅子にもたれかかる。
「ちょっとー、そこに鞄置かないでって言ってるでしょ」
「うるさいなー、いいじゃないか。まだご飯出来てないんだろ?」
「そこは料理を置くところ、食器以外は置くんじゃないっ」
言って父親の方へ振り向いて眉を潜める。
「どうしたの?」
「んー、何が?」
「何か疲れてるみたい」
「あー、実際疲れてるしねー」
「会社でまた失敗でもして上司にこってりと怒られたとか?」
「”また”って、まるで人がいつも失敗してるように聞こえるじゃないか」
苦笑しつつ父親は説明する。
「実は会社で風邪が大流行してるらしくてさぁ。かなりの人間が会社を休んじゃって大騒ぎになってたんだよ」
「風邪が流行ってるの? 聞いた事ないけど」
「僕も初めて聞いた。どうもウチだけじゃないみたいで、担当してる取引先も軒並みやられてたみたいだし。こんな時に限って仕事は忙しいしね」
「技術職も大変だね」
「そー言えば真鈴は大丈夫だろうね?」
心配そーに聞く父親に、真鈴は笑ってどんっと胸を叩く。
「この通りよ。だいたい、今までロクに風邪引いた事ないじゃない。心配する事ないって」
「なら、いいけど。そうとうにキツいやつらしいから」
「大丈夫だって。だいたい学校でも休んでる子なんていなかったし」
「うん、だったらいいけど」
「ほら、安心したらとっととその鞄もって着替えてきて。そろそろ出来るわよ」
「はいはい」
あくまでも元気な自分の娘に苦笑しつつ、父親は席を立った。
その背を見つめながら、小さくため息とともに呟く真鈴。
「正直、こっちは風邪どころじゃないし」
「んー、何か言ったか?」
「なんでもないって」
翌朝、登校した真鈴はざわめいたクラスの雰囲気に眉をひそめた。
「あ、おはよう」
「おはよう、香厘。ね、何かあったの?」
「何かって?」
「え? だって何か様子変じゃない?」
言って真鈴はクラスを見渡す。
香厘は相手が何を言ってるのかに気付いて説明する。
「1時間目って数Tでしょ? 担当の先生が休みで自習なのよ」
「え、ラッキー」
「ちゃんと課題は出るわよ」
「げ。楽なのだったらいいけど。だけど、なんで休みなの?」
「風邪だって」
言われてふと、昨日父親が言っていた事を思い出す。
「あー、何か今流行ってるみたいだね」
「え? そうなの?」
「うん、父さんが言ってた。会社の人とかたくさん休んでたみたい」
「ふ…ん、そうなの」
少し声を落として俯きがちになる香厘。
気になって声をかけようとするが、その前に別の声が割って入る。
「はよー、真鈴、江武原」
「おはよう。篠原君」
「あ、風邪ひきそうにない馬鹿が来た」
真鈴の言葉にむっと顔をしかめる篠原。
「一度も風邪引いた事のないやつに言われたくないね」
ひくんっ、とこめかみが引きつる真鈴。
しかし、その事自体は事実なので何も言い返せない。
「あたしはあんたみたいに軟弱じゃないのよ」
「あのな、俺だって今まで風邪なんてひいた事ないんだよっ」
「なにぃっ、じゃぁ同じじゃないのっ。自分の事を棚に上げてなんで風邪ひかないのが悪いのよっ」
「誤解するなよ。俺は風邪ひきそうにない馬鹿って言ったんだよ」
「同じじゃないっ。だったらあんたも馬鹿じゃない」
言われてチッチッチッと篠原は人差し指を横に振る。
「おいおい、いつ俺が馬鹿である事を否定したんだよ?」
「自慢になるかぁぁぁぁっ!!!」
くるっと体を一回転させて、さくっとみぞおちに鋭いボディーブローが炸裂する。
危険な角度で突っ伏す篠原。
しかし、いつもの事なので哀れな少年を介抱しようとするクラスメイトは誰もいない。
勢いが止まらずもう一撃加えようとした所で、さすがに香厘が後ろから止めに入る。
「はい、どうどう。そろそろチャイム鳴るからそこまでにしなさいね。…あ、意外と膨らんでる」
「こらぁぁっ、どさくさに紛れてどこ触ってるか、あんたはっ!!」
「まだ鷲づかみとまでいかないのが残念」
「変態かっ、お前はぁぁぁっ!!!!」
「冗談よ、すぐ本気にするんだから」
「だったら、その手をわきわきさせるのやめいっ!」
もはや、当初の話題が微笑みスキップしながらM78星雲を通過したあたりでチャイムが鳴った。
クラス中に散っていたグループが別れて席に戻り始める。
誰も助け起こそうとしなかった篠原も自力で席に着いていた。しばらくその状態でぐったりとしてはいたが。
その後、担任が来て出席を取りはじめると、数Tの教師だけでなく生徒も数人欠席している事が判明した。
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