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鉄仮面魔法少女まりん−10page






 真鈴はガードレールに腰掛けて、歩道橋の登り口をぼんやりと眺めていた。
 行き交う人は土曜の午後というだけあって、その格好は千差万別だ。
 中には待ち合わせでもしているのか真鈴と同じように、動かない人もいる。

「どう? それらしいのはいそう?」

 小声で鞄の中のマリンに問い掛ける。
 昨日の約束通り、真鈴は駅前でマリンのヨリシロ探しに付き合っていた。

「いえ、手応えはなさそうです。真鈴さんから見てもそれらしい反応はないでしょう?」
「まー、そーだけど。だいたいそれって見て分るもんなの?」
「分るというか、普通呼びかけられたら振り向いたり反応するものじゃないですか?」
「やー、そうだけどさ。あたしには一向に聞こえないから。またカットしてるの?」
「はい、いまさら真鈴さんに聞こえても意味がないでしょう?」
「そうだけど…。なんか聞こえないと本当にあんたが『声』を出してるか不安でさぁ。悪いけど試しにカットしないでやってみてくれない?」
「いいんですか?」
「いいって。一回確認したらその後はまたカットしてくれていいから」
「はぁ、分かりました」

 一呼吸だけ間をおいてから直接意識に響く『声』が聞こえた。

「マイク、テステス。えー、皆様。この声が聞こえた方はこちらを向いて頂けないでしょうか」

 すてーんっと、ガードレールから転げ落ちる。

「何を言ってるのよ、あんたはっ」
「え? 何か変でしょうか」
「ていうか、変でない部分がないでしょっ。何よ今の遠足の引率みたいなのは」
「今のなら聞こえたら確実に振り向いて貰えるかと思いまして」
「いやまぁ、確かにあそこまでストレートなのを聞いたら振り向きもするかと思うけどさ…。まぁ、いいや。とりあえずまたカットしておいて」
「分かりました」

 何かを諦めるように額を押さえた。
 すると、ふいに後ろから名前を呼ばれた。

「真鈴?」
「…篠原?」

 いまだ制服姿の篠原が怪訝そうな顔で後ろに立っていた。
 まぁ、一人でガードレールから転げ落ちるところを見れば、怪訝にも思うだろうが。

「何やってんだよ」
「あんたこそ、なんでこんな時間にまだここにいるのよ。もうとっくに帰ってる時間でしょ」

 パンッパンッと服の汚れを払いながら真鈴は立ち上がって、再びガードレールに腰掛けた。

「…その質問に答える前に忠告しとくけどな」
「何よ、いきなり」
「中学にもなってキャラクタープリントのパンツはやめた方が」
「っ!!!!?」

 顔をボッと赤らめ、反射的に制服のスカートを押さえる。
 と、次の瞬間。ガードレールから真鈴の姿が忽然と消えた。
 篠原は、はっと身構えるがすでに遅し。
 一陣の風と化した真鈴が迫る。
 頭突き、体を一回転させてひじ打ち、さらに逆回転させてのラリアット。
 見事な3連コンボである。

「この変態がぁっ!!」
「あ、あんな格好してるのが悪いんだろ…」

 ゲホゲホッとせき込みながら文句を言う篠原。
 たいがい頑丈な奴である。
 もっともだからこそ、真鈴の攻撃が日々研ぎ澄まされたものになっていっている事に本人は気付いていない。
 気付くのが先か、再起不能になるのが先か。
 今のところ、後者の可能性が高そうである。
 真鈴はぶすっとした表情で再びガードレールに腰掛ける。今度はスカートの端を押さえながらだが。
 特に断りもせず、その横に篠原が座る。
 むっとした表情の真鈴だが、それだけで特に拒否したりはしない。

「で、暇なのかよ?」
「…べっつにぃ? 暇かと言われればそうかも知れないし、暇じゃないだろと言われればそうだし」
「訳わかんないぞ、それ」
「そっちこそ、どうしたのよ。電車通学なのは知ってるけど、なんでこんなとこに残ってるのよ」
「なんでってそこでメシ食って買い物してたからだよ」

 篠原が指差すほうには比較的小さめなデパートがあった。

「家帰って食べればいいのに」
「買い物が結構時間かかったからな。家までもたないと思ったんだよ」
「で、買い物って?」
「明るい家族計画」

 駅前ロータリーに誰もが振り向くほど、さわやかな打撃音が響き渡った。
 関西のどつき漫才師でもあれほどの音を出すにはかなりの修行が必要だろうと思わせるほどの音だった。

「ちょ、ちょっとした冗談だろ」

 さきほど拳のめり込んだ頬を押さえつつ篠原がぼやいた。
 対してやや頬を赤くして、ふんっとそっぽを向く真鈴。意外とうぶである。

「で? 本当はなんなの」
「漢方薬だよ。そこのデパート内にある薬局の人には昔からお世話になってるんだよ」
「漢方? 何か病気?」
「ああ。俺じゃなくて親父だけどな」
「何の病気なの?」
「なんの病気っても単なる風邪らしい」
「風邪…らしい?」

 篠原はちょっと困った表情で首を傾けた。

「一口に風邪って言っても色々あるらしいからな。なにか今流行ってるらしいな」
「あ、今朝も香厘とそんな話してた」
「そうなのか? で、普通の風邪薬じゃ効果があまりないみたいだから、漢方薬だったら効くのかなと思ったんだよ。あそこは漢方の方が専門らしいからな」
「効果がないって、なんで?」
「俺に聞くなよ。たぶん新種のウィルスって奴だからじゃないか?」
「ふーん」
「ただ、事情を説明するのに時間がかかってたいぶ遅くなったんだよ。あそこの店員、中国人だから日本語が中途半端なんだよ」
「…だったら、早く帰って薬を持って帰ってあげた方がいいんじゃない?」
「少しぐらい遅れたって、その程度でどーこーなるほど軟弱じゃないって、俺の親父は」
「そんな事言ったって風邪ひいちゃってるんでしょ?」

 言われて篠原は頭をかいた。

「そーなんだよなぁ。ほんと頑丈さだけがとりえの親父が寝込むなんて夢にも思わなかったもんな。おかげで俺は大変だよ」
「そーか、あんたの頑丈さは遺伝だったんだね」
「…にこやかに嫌な事を言うんじゃねぇ」
「なによ、誉めてあげてるじゃない」
「誉めてないっ。絶対誉めてないっ」

 しばらく、誉めてる誉めてないで延々と水掛け論を繰り返す二人。
 そしてお互いに喉がカラカラに乾いて喋るのが辛くなってきたあたりで篠原が腰を上げた。

「んじゃ、そろそろ帰るわ」
「ん、ちゃんとお父さんの看病してあげなさいよ」

 真鈴の言いように怪訝な顔をする篠原。

「お互い、父一人に子一人でしょ。一人しか親はいないんだから大切にしなきゃ」
「ああ、そっか。真鈴もそうだっけ」
「ま、大して苦労してる訳じゃないけどさ。お互いに」
「まぁな。じゃ、また月曜な」

 片手を振りつつ去っていく篠原。

「さて、どう?」

 鞄の中のまりんに問いかける。

「そうですね」

 感慨深そうに声が届く。

「人格が悪い方に傾くのは家庭環境によるものと思っていましたが、今の会話を聞いていると…」
「誰が人格形成について語れと言ったあぁぁ。ヨリシロになりそうな人がいたかどうか聞いてんのよっ」
「失礼しました。あいかわらずそれらしい人は見あたりませんね」
「そっか、このまま続けても望みは薄いかなぁ」
「ただ…」
「ん? ただ、なに?」
「ここに来始めたあたりから気にはなっていたのですが、変な気配を感じます」
「具体的には?」
「魔の気配を感じます」
「え!? それってもしかして魔物が近くにいるって事?」
「いえ、それもありえますが、魔術師がごく最近ここら辺りにいた可能性も」
「…そーいえば、あんたを作った”絶対者”って奴以外も魔術師っていたはずだよね? そいつらに協力してもらって人形版のヨリシロを作ってもらえばいいんじゃないの?」
「それもアリだとは思いますが…。何せ連絡手段を私は知りませんし。それ以前に今も魔術師が生き残っているとは限らないです。何せ魔物との戦闘でほとんど壊滅状態になってましたし」
「なっさけないわねー」
「うっ。仕方ないじゃないですか。別に魔術師といってもゲームみたいに戦闘向きって訳じゃないんですから。魔術師の本分は世界の法則の探求で、魔法はその過程で得る副産物に過ぎないんです」
「…言い訳くさい」
「…もういいです。ほっといてください」

 拗ねた。

「で、どうする? そろそろ疲れたし、いつまでもここにいても仕方ないような気がしてきたけど。どうしてもと言うなら別にいいけど、時間を変えた方が効率いいんじゃない?」
「時間…ですか?」
「夕方になれば、ここを通る人の種類が替わってくるじゃない。土曜日たって仕事の人もいるだろうし」
「そうですね。真鈴さんに負担をかけてしまうのは本意ではないので。一度、家に帰られますか?」
「そーだね。特に用事もないし…。それとももう一回、昨日回ったところを行ってみる?」
「いえ、今日はいいです。どちらかと言えばここの方が効率がいいでしょうし。それにやっぱりここで感じた気配も気になります」
「おっけい。じゃ、夕方にもう一回ここにこよっか」
「あ、でも遅くなるんじゃないですか?」
「え?」
「いえ、遅くなると真鈴さんのお父さんが心配されるのでは」
「あー、それは大丈夫だと思う。なんか、昨日会社の人が何人も休んじゃったせいで仕事が増えて遅くなるんだって」
「あ、そうなんですか」
「そりゃ、さすがに真夜中になるのはご免だけど。少々遅くなるくらいならなんとかなるよ」
「分かりました」
「じゃ、引き上げるよ」

 よっ、真鈴は腰を上げる。
 制服のスカートが汚れてるのに眉をしかめてぱんぱんと払った。






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