鉄仮面魔法少女まりん−11page






 家に帰ってきた真鈴はさっさと部屋に戻って着替えた。
 特にやる事もなかったので、これから夕方までどうしようかと考えていたのだが。

「すいません。ちょっと私を部屋の中央辺りに置いてもらえませんか?」

 鞄の中からマリンの声。

「んー? なに?」
「いえ、ちょっと思いついた事がありまして」
「まぁ、いいけど。変な事はしないでよね」
「…変な事の基準にもよりますが。別に害のある事じゃありませんよ」
「じゃぁなにするの?」

 鞄からマリンを取り出しつつ、真鈴が首を傾げる。
 そもそも手足のないマリンが何をするのだろう。

「ちょっとした保険です」

 真鈴が言われた通りに部屋の真ん中あたりに置くと、マリンは少し離れるように指示をする。
 指示に従うとふいに脳裏に今までのマリンの『声』とは違ったトーンの声が響く。



 ここは扉
 ここは最後
 ここはたどり着く場所
 故に私はここに印を置く



「リターン・ポイント・セットッ!!」

 マリンのすぐ上にテニスボールくらいの大きさの光球が現れ、そして一瞬で散った。
 真鈴は目を白黒させる。

「今の何? ひょっとして…」
「はい、今のが魔法です」

 驚きからすぐに立ち直った真鈴はジト目でマリンに尋ねる。

「何をしたの?」
「ただ、目印をつけただけです。…お願いです。その油性マジックはしまってください」
「目印ってなんの?」
「何かを移動する魔法の多くは目標に魔法の目印を必要とします。昨日言ったように真鈴さん自身には目印をつけています。が、何か危険な事があってその場から逃げたい時があったとして、目印が真鈴さんだけでは意味がありません。真鈴さんが私を持っている訳ですから」
「その危険な事って?」
「いえ、ですからあくまで保険です。どうせだからついでにと思いまして」
「ふーん」

 やや、釈然としなかったが曖昧に真鈴は頷いた。
 と、ふいに思いついて。

「ね。今のってどこでも出来るの?」
「はい? 同時に設定出来る目印の数は限られてますが、その範囲内においてなら特に場所的な制限はありませんが?」
「だったら、学校に目印をつけてよ。それなら遅刻しそうな時でも」
「忽然と現れた真鈴さんの姿を誰かに見られたら大騒ぎになりますよ?」
「うっ、それはまずいかも」

 せっかくのアイデアを否定されてがっくりと肩を落とす真鈴。

「まったく。少しは利己的な考えを改めてほしいのですが…」
「ほぉ。良く言った」
「て、やめてぇぇぇ」
「21世紀のネコ型ロボットになって反省しろいっ」

 しばらく、部屋に絶え間なくまりんの悲鳴と真鈴の愉しそうな声が響いた。





「で、いい加減拗ねるのやめたら?」

 夕方になって駅前に戻ってきた真鈴は始終無言のマリンに話かける。

「ちゃんと、マジックの跡は消してあげたじゃない」
「…シンナーで何度もごしごしやられて嬉しいはずありません」
「だったら、魔法でとればいいじゃない」
「むやみやたらに使うものじゃないんです」

 すでに陽は赤く、行き交う人々の姿も赤くなっている。
 真鈴の言ったように見受けられる人々の姿は昼間とは変わっている。
 さらに言うなら人も増えている。

「で、どう?」
「…とりあえず、今のところは」
「収穫なし?」
「まぁ、来たばかりですから」
「そーだね。場所はここでいいよね?」

 昼と同じくガードレールに腰かける真鈴。

「はい、細かい位置は特に関係ありませんから。『声』さえ届けば」
「とりあえず、しばらく待つだけかぁ」
「すいませんが、お願いします」
「はいはい…」

 行き交う人々の流れを、見つめる真鈴。
 ただ、時間が過ぎて行くのをぼんやりと見つめている。

「真鈴さん」

 ふと、マリンが声をかけて来た。

「何、見つかったの?」
「いえ、聞きたい事がありまして…」
「んー、なに?」
「ヨリシロになる事についてなんですが…」
「だからぁ、やらないって」
「いえ、そうではなく」
「?」
「なぜ、そんなに拒むのですか? 確かにやりたくないというのは理由にはなると思うのですが、真鈴さんが拒むのはそれだけでないような気がして…」
「なんで?」
「なぜと言われても勘としか…。後、昨日のヨリシロ候補を捜してもらっている時にその事で不機嫌になっていた気がして」
「…別に理由ってほど大した事じゃないわよ。ただ、誰かの為にとかそーゆー偽善的な事が大キライなだけ」
「偽善?」
「そうでしょ? 別に見知らぬだれかを守る為に危険な目にあっても報酬がある訳じゃないんだから」
「報酬…ですか」

 ふいに真鈴がしばらく口を閉ざした。
 次に口を開いた時には懐かしげな響きがあった。
 まりんは黙って聞いているだけで口を挟まなかったが、かまわず真鈴は続けた。

「むかしねぇ、いじめられてた同じクラスの子を庇ってあげた事があるんだ。特に仲が良かった訳じゃないけど。なんか、かわいそうになってね」
「そしたらさぁ、今度はあたしがいじめの標的になっちゃってさぁ。でも、まぁそれでも結果的にそのいじめられてた子を助ける事が出来たし、いいかぁって思ってたの」
「でもね。いつの間にかそのいじめられてた子までもがいじめグループに加わっていたんだよ。いやぁ、あたしって誰の為にいじめ受けたんだろうね」
「いい加減、我慢出来なくなって一人づつおびき出して徹底的に痛めつけたの。一人じゃ危ないからって香厘にも手伝ってもらったし、武器も使って闇討ちまがいの事もしたよ」
「最後になった元いじめられっ子クンは泣いて謝ったけど、あたしは許さなかった。それ以来誰かの為にっていうのがだいっきらいなの」

 まりんは最後まで無言だったが、ふいにぽつりと呟いた。

「だから…『見知らぬ誰かの為』ならやらないと?」
「そ。まだ香厘とかが直接狙われてるってとかならやらないでもないけどね」

 真鈴の口調は元へと戻っていた。
 それからはたまに思い出したように真鈴が話を振ってそれにマリンが二、三言応える感じで時間が過ぎていった。






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